第4話
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手のひらに浮かぶ〈光球〉の魔法を搔き消す。既にその意味を成さなくなったからだ。
ドーグはとうとう洞窟の出入り口に辿り着き、空から降り注ぐ太陽の日差しを浴びていた。纏っていた外套はすぐさましまった。
(やはり太陽は偉大だ)
(体調管理のためにも、時間の管理のためにも太陽を見て、感じる必要がある)
ドーグほどの強者ともなると、迷宮において複数日過ごす必要があること、また、そうせざるを得なくなることが少なくない頻度である。
故にその場合は仕方がないが、ドーグは出来るだけ地上に戻るようにしている。地上で休みを取るのと迷宮で休みを取るのとで大きく違うのは当たり前のことだ。
一息ついて、まず確認しなければいけないことがある。
(今は、十二時ごろか?)
太陽の位置はおよそ真上。
雲ひとつない青空と洞窟を囲むようにして広がる森は、木漏れ日がどこか神秘的に感じられる。
懐中時計を取り出す。
指し示す時間は十一時十二分。三時間近く洞窟を歩き回っていたことになる。
そして、一時間のズレが確認できる。
(どういうことだ?)
(俺の時計では夜中の時間を指しているはず)
(だが、今は明らかに昼だ)
この不一致の原因はなんだろうか。
それは十中八九「壁を越えた」ことだろう。
だが、魔法や〈技能〉、そして〈加護〉の力は正常に扱うことができるし、魔獣がいることからさほど違いがないように思える。
(そういえば、言葉が違ったな)
考えれば考えるほど湧き出てくる違和感。
(もしかしたら俺には今、とんでもない事態が起きているのかもしれない)
得体の知れない状況に、ドーグは恐怖するわけでなく、ただ興味深そうに考えるだけだった。
現在、ドーグは森の中を歩いている。
洞窟と違って足場がしっかりしているため、その進行速度ははやい。行く手を遮るものは、腰に装着してある鉈で斬り捨てた。今のところ、生き物には出会っていない。
(さっきの若者たち、冒険者達は洞窟を偶然見つけたかのように語っていた)
(つまり、人里からさほど離れていない位置、または街道から離れていない位置に洞窟はあると予測できる)
(歩き回っていればいずれは道にぶつかるはずだ)
そう考えたドーグは、ひたすらに真っ直ぐ進み続ける。
常時、〈生命反応感知〉と〈魔力反応感知〉を発動しているためにさまざまな情報が頭を駆け巡る。
これら二つは感度、感知範囲ともに調整することができ、小さいものは小さな羽虫まで、そして最大で直径五百メートルの範囲をカバーすることができる。
今は小動物程度の生命反応を感知できるほどの感度で発動し、範囲は最大限まで広げている。
道を遮る枝葉を斬り落とすことに苛立ちを募らせて、面倒臭さを感じ始めていたその時、感知圏内に魔力反応が現れた。
(来た!)
そう思うが早いか、ドーグはその方向に一直線に駆け出した。
ゆっくりと進んでいては円の中から外れてしまうほどの速度で、それらが進んでいるのがわかったからだ。
それらもまた一直線に進んでいることがわかったので、おそらく通るである場所を予測して先回りすることにした。
そして、出会うであろう場所へとたどり着いたところで、視界が開けた。
どうやら道へと出たようだ。
地面が剥き出しになり、踏み固められているのがよくわかる。轍の跡がくっきりあることから、馬車が頻繁に通っていることが窺える。
反応のする方へと顔を向ける。
まだはっきりとは見えないが、こちらへと迫っているのがよくわかる。
(二頭立ての馬車)
(馬車の中に三つの生命反応)
(そのうち、馬車後部に固まる二人はだいぶ魔力が多い)
(前部にいるのはおそらく御者で、他二人は護衛か)
〈技能〉と経験からそこまで状況を把握する。
(そして後ろに六つの生命反応)
(どいつもそこそこの魔力を持っている)
(これはおそらく魔獣だな)
(魔獣に追われて逃げているのか)
(それならこの速度も納得できる)
ドーグは道の脇に佇む。
〈生命反応感知〉によると、馬車を牽引する馬の生命力が風前のともし火のようになっているのがわかる。あと少しでも無理をさせれば潰れてしまい、魔獣どもに追いつかれるだろう。
今回もまた先の冒険者達のように見放すこともできる。
だが、そうはしない。状況が大きく違う。
若い冒険者達は進んで危険の中へと飛び込んでいった。対して、目の前の者達は期せずして追われているように思える。
ドーグはそう感じた。
そして、彼らを助ければ、近くの都市へと同行することができる上に、知らない情報を得ることもできるだろう。
そうと決まれば話は早い。
鞘から剣を引き抜いて戦闘態勢に移行する。
とうとう目前へと馬車が着いた。
御者の顔が見えるほどの距離だ。
「あなた! お逃げなさい! 〈死黒狼〉の群れです! はやく!」
膨よかで身なりの良い、口周りに髭の生えた男がそう叫ぶ。
額の汗がよく見えることから、その焦り具合がよくわかる。悲痛なその声に嘘偽りはなく、心からの叫びであるように思える。
しかし、ドーグはその警告を無視して、馬車が通過した道を塞ぐように仁王立ちする。
視線の先に獲物を捕らえた。
(〈死黒狼〉か)
(はじめて聞く魔獣の名だが、まあ問題はないだろう)
黒い毛並みの大きな狼が、馬車を追いかけていたその勢いでとびついてきた。
その数は二匹。
他の四匹で本命の馬車を襲う気だ。
(俺を無視するとは、いい度胸だ)
ドーグはにやりと笑って、一瞬で魔力を練り上げる。
「〈針山〉」
そう呟くと、ドーグの背後に何十本という数の岩の槍が生えた。
それはつまり、〈死黒狼〉を串刺しにしたということだ。即死だった。
さらに、その亡骸には目もくれず目の前の敵に視線を向ける。
一匹が右手、もう一匹が首を狙っていることを予測する。
首狙いの〈死黒狼〉の喉元を素早く左手で掴み、左へ移動して、上段からの一撃でもう一匹の首を刎ねた。
手の中でもがく〈死黒狼〉の頸骨をへし折って戦闘を終わらせる。
(手応えのない魔獣だった)
戦いの感想をそれだけで終えて、興味をすぐさま後ろの馬車へと向ける。戦闘が始まった時点で馬車は止まり、後部の二人がこちらへと駆け寄ろうとしていた。加勢するつもりだったのだろう。
今は呆然として固まり、立ち尽くしている。
(さて行くとするか)
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