第2話
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進み始めて既に一時間は経過している。
新たな道を進み、掻き立てられていた好奇心が胸の中で渦巻いていたが、今ではほとんど静まってしまっている。
というのも、進めど進めど代わり映えのしない一本道であるからだ。
『知図』はもはやその意味を成していない。迷宮の外にいると判断されたのか、地図は消えてしまいただの巻物に変わってしまった。
だが、一本道であるためにそれがある必要もないだろうということでしまってある。
例え退屈であっても最低限の警戒は維持したままである。
もしかしたらこの先に罠があるかもしれない。もしかしたら不可視の魔獣や人が潜んでいるかもしれない。
迷宮において「もしかしたら」という考えは非常に大事なことだ。警戒心が強く慎重である者が、言い方を変えれば、臆病者であればあるほど迷宮では生き残る確率が高くなる。
迷宮とはそういう場所だ。
「む?」
とうとう変化が現れた。
目の前に壁が現れたのだ。つまり、現在の一本道を塞ぐように行き止まりになっている。
それがわかった時点で、ドーグは即座に後ろへ振り返り、最大限の警戒を行った。
すべての能力を用いて戦闘に備え、ただその時を待った。
だが、それは杞憂に終わった。
以前、とある迷宮で一本道を発見した。行き止まりのところに何かお宝でもあるのではないかと少し期待しながら行ったところ、地獄を見る目に遭った。
罠だったのだ。背後の道から大量の魔獣が押し寄せて死ぬ思いをした。奥の手がなければ、実際死んでいたにちがいない。
今回もまたそうなのではないかと疑ったが、どうやら違うようだ。
内心胸を撫で下ろしつつ、壁に近づいて観察してみる。だが、特段変わった様子のない、他と同じ壁だ。
これで終わりなら拍子抜けだな、と思いながら壁を見つめていて、とあることに気づいた。
(む? 外套が揺れている?)
体全体を覆うように着ていた外套が、ゆらりゆらりと揺れていた。ドーグが仁王立ちし、動いていないのに、だ。
魔力を練り込んで全身に巡らせ、五感を高める。
すると微かに音が聞こえた。
ヒューヒュー、と。
隙間風が通るような小さな音であるが、確かに聞こえた。
さらに、肌を撫でるような感覚を覚えた。
(風だ!)
これは驚くべきことだ。
迷宮内では風が自然発生的に起こることなどない。風を感じるとすれば、何か大きな物体が移動しているか、あるいは魔法によるものだろう。
だが、生命反応は感知できない。ドーグの持つ能力に〈生命反応感知〉というものがあり、それはその名の通り生命反応を感知するのだが、少なくとも感知圏内には反応がない。
さらに、魔法的な現象も確認できない。これまた備え持つ能力に〈魔力反応感知〉というものがあり、それで感知できていない。
つまり、これは、
「自然な風だ!」
思わず叫んでしまった。
風の通る場所を探ろうと壁の隅々に視線を巡らせる。この壁の向こう側に通路があるのではないかと考えてのことだ。
しかし、よく感じてみると、さらに驚くべきことがわかった。
なんと壁から風が出ているのだ。
これはどういうことか。
風が壁から吹き出しているのかと考えて、すぐにその考えを捨てる。
そして、次の仮説を思いつき、それを裏付けるために行動に移した。
右手を真っ直ぐに伸ばし、壁を触ろうとする。
手に伝わる冷たく無機質で、ゴツゴツとした感触を予想していたが、それは裏切られることになった。
手が貫通したのだ。
(やはりそうか)
(これは幻だな)
目の前に壁があるように見える。しかし、そこには壁がない。これが真実だ。
今までにも幻術を使う魔獣や魔法使いに出会ったことはあるが、まさか迷宮自体にかけられているとは思ってもみなかった。
これは固定観念によるものだろう。迷宮には幻術がかかっているはずがないと、そう信じ込んでいた。
だが、すでにその前に新たな道が現れるというイレギュラーなことが起きている時点で、今までの凝り固まった考えは捨てるべきだった。
(反省するとしよう)
(初心を忘れずに、何事も柔軟に考えられるようにしなければ)
ドーグはそう決心して、その状態のまま足を踏み出し、全身を壁の向こう側へと持って行った。
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