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《7》

「お~い、いい加減出てこいよ」

『‥五月蝿いわ、戯けが』

 イチローは墜落したUFOの操縦者に出て来るように説得する。

 しかし何度呼びかけても、崩壊を免れた拡声器からは涙声で否定する声しか返ってこない。


「このままじゃ焼け死ぬ事になるぞ。一応火事になってるんだし、燃料にでも引火したら、本格的に爆発するかもしれない」

『そ、それでも…、構わ、』

 震えた声で怒鳴ろうとするが、また一つ小さい爆発が起こり操縦者は「ヒッ!」と小さな悲鳴を漏らす。

 イチローはその拍子に飛んできた破片をあしらいつつ、その場に座り込んだ。


『‥危険なら、貴様こそ早く逃げたらどうなんじゃ?』

「お前が出て来るまで動かん。こっちは進級掛かってんだ」

『何じゃそれは…、私の命など二の次ではないか』

 呆れを含んだ声に、イチローは苦笑しながら頭を掻いた。


「…なぁ、お前、何でまたこの星を最初の標的にしたんだ? まさか本気でダーツで選んだ訳じゃないだろ?」

 この星の防衛能力は、はっきり言って全銀河系でも上位に食い込む。

 何処かの町には、侵略者に対抗する『人型の巨大なロボット』まである程だ。

 新人が支配に乗り出すには、初見のゲームに最高難易度で挑むような物だ。


『‥私は、功績が欲しかったのじゃ…』

「『功績?』」

『我が『イナミナ家』は先祖代々、海賊として富と名声を上げてきた一族。特に数代前の当主『キャプテン・イナミナ』は『伝説』とまで評された全銀河最強の女海賊じゃ。幼子の頃からその活躍を聞かされて育った私は、何時か自分こそが『第二のキャプテン・イナミナ』となって、一族を率いる事を夢見ておったわ。しかし、イナミナ様が退いて以降の跡継ぎ共は、はっきり言ってボンクラ揃いでの…。私がようやく跡目となれた頃、遂に我が家は没落してしまった。貴様に想像できるか? 権威が失墜し、同盟を結んだはずの同業からは裏切られ、それまで格下だった勢力からは袋叩き。誇りも、プライドも、地位も、名誉も、全てを踏みにじられた私の気持ちが? ‥だから私は、何としても大きな功績を成し、イナミナ家の復権を図らなくては成らなかったのじゃ』

「………」

 イチローは操縦者の話を黙って聴く。

 それは犯罪者ではなく、失った物を取り戻したい一人の少女の言葉だった。


『でも結果はどうじゃ? デタラメな輩とはいえ、私は、たった三人に敗北したのじゃ。唯一残ったこの艦を、なけなしの財産をはたいてカスタマイズしていながらこの体たらく。…私にはもう、何も残っておらぬ…。それならばいっそ、このまま焼け死んで…、』


「‥悔しくないのかよ?」

 不意に黙っていたイチローが突然口を開いた。


『…何じゃと?』

「周りの連中に馬鹿にされて、俺達に負けて、それで悔しくないのかよ? それで情けなく死んで、お前は自分にとっての『ヒーロー』だったそのキャプテン・イナミナって人に顔向けできんのか? 俺がお前-の立場だったら、恥ずかしくて仕方がないぞ」

『悔しいに…、悔しいに決まっておろうが⁉ だが、どうしろというのじゃ⁈ 私にはもう何も無いのじゃぞ⁈』

「いいや、あるね」

『無いと言って、』

「お前は、まだ生きてんだろ‼」

 イチローは地面を殴り、声を荒げた。

 その剣幕と、彼の持つパワーによって生じた地響きに、操縦者は思わず言いよどむ。


「お前が今この瞬間も生きているのは誰のお陰だ? お前の両親やご先祖…、なによりお前の『ヒーロー』から受け継がれてきた『命』だからだろ⁉ お前にとって、それは無いものと一緒か⁈」

『ち、違う‼ そんな事は無い!』

「だったらその命を、簡単に捨てるような事を言うんじゃねぇよ‼ 悔しいなら、どんなに格好悪くたって意地でも生き残って、馬鹿にした連中を見返せ⁉」

『………』

 イチローの迫力に、操縦者はなにも言えなく成ってしまった。

 訪れた沈黙の中、拡声器からは呼吸音と、たまに鼻を啜る音しか返って来ない。


「イチロー、学校と消防に連絡取れたよ」

「∥仝〇÷」

 静寂を破ったのは、公衆電話から帰ってきたヒカル達だった。

 戦闘の最中に三人の携帯端末は壊れてしまい、このご時世に電話ボックスを探しに行っていた。

 イチローは「ご苦労さん」と二人を労う。


「あれ、まだ出て来ないんだ?」

「あぁ、どうやら、蒸し焼きがお好みらしいぞ?」

 イチローはあからさまに大声で言うと、頬杖をつき燃え続けるUFOを見つめる。

 先程までの発言が、頭に血が上り、冷静さを欠いていた為の強がりだというのを

イチローは百も承知だった。


「何で俺達が、無理矢理にでもお前を引きずり出さないか解るか? 自分から出て来てくれれば『自首』って形に出来るからだ。逮捕されるのと自首とじゃ、刑罰の重さが結構違うんだぞ?」

『私は…』

 落ち着いて考える余裕を与えた今、操縦者が迷っていた。


「中は灼熱地獄だよねぇ」

 ヒカルもイチローの真意を悟ってか、わざとらしい声で訊ねる。


『うぅ…』

「外は、寒いくらい涼しいぞ?」

『うぅぅぅ…』

「仝\▲◎♂?」

『わ、解った…。投降、する。…じ、じゃがな! 勘違いするでないぞ⁈ 私は、一族復権に天命を賭して活動せねばならぬのじゃ! 決して、貴様の言葉に感化などされておらぬからな!』

 音声が『ブチンッ!』と切れる音がした。

 かなり乱暴にスイッチを切った様だ。

 イチローは呆れ笑いをして立ち上がり、操縦者が出て来るのを待った。


「………ん?」

 しかしスピーカーが切れて暫く経つというのに、操縦者は中々出て来る気配がない。


「‥イチロー、ちょっとヤバくない?」

 相変わらず煌々と燃え続けるUFO。

 ヒカルの表情が徐々に曇る。

 密閉された、しかも宇宙物質とはいえ金属製の空間。

 これ程までに強く火災が起きていれば、内部は熱せられた石釜のような状態だろう。

 イチローが冗談混じりで言った『蒸し焼き』も、あり得ない話ではない。


「おい! 聞こえるか、ッぐぁ!」

 UFOの表面を叩こうと、イチローが機体に触れた瞬間、彼の手の平が嫌な臭いと共に煙を上げた。

 この短時間で、機体が帯びている熱はイチローの予想を遥かに超えていた。


「い、イチロー、手が!」

「俺は良い! それより、消防はどれ位で来てくれる⁈」

「あ、あと五分前後は掛かると思う…」

「待ってられない! 兎に角、水だ! 早く火を消さないとマズい!」

「解った!」

 ヒカルは、行きつけのコンビニがあるであろう場所に目をやる。

 しかし商店街の店舗は未だシャッターで閉じられ、一軒として開いていない。


「ど、どうしよう!」


「&D+々◇◎▼!」

 アマミがヒカルの肩を叩き、髪の毛で矢印を作る。

 その先にあったのは、消防用として設置されている消火栓。


「そうか、これなら!」

 消火栓に駆け寄る二人。

 だがここで、またしても問題が生じる。

 異星人の二人には、使い方がさっぱり解らないのだ。

 いや異星人に限らず、町や建物に点在する消火栓の使い方を知っている方が珍しい。

 事は急を要する。

 ヒカル達は消火栓を破壊して、とにかく水を出そうと試みた。


 しかし、消火栓はまるでビクともしない。


 それもその筈。

 街中の消火栓もまた魔術合金製なのだ。

 滅茶苦茶強力な爆弾でもない限り、壊すことはほぼ不可能だ。


「†∵∬⌒、∀∵…」

「駄目だ、どうすれば良いか全然わかんないよ…。防災系はどうしてこう肝心な時に使えないかな、もう⁉」

「√、∇◯‡Å!」

「え、消火器? ‥あ、うん! 確かどこかの通りにあったよね! 捜そう⁉」

 ヒカルとアイルは二手に分かれ、商店街の西側と東側には走っていく。

 広場に残ったイチローはUFOにひたすら呼びかけ続けていた。


「聞こえるか? 返事しろ!」

(くそッ、こんな事なら無理矢理にでも助け出すんだった!)

 酷くなる一方の炎が、彼の心も焦がしていく。


『ゴンッ』という音がしたのは、そんな時だった。

 UFOのハッチと思われるプレート部分が、弱々しくも確かに叩かれたのだ。


「おい、無事か!」

『‥無事な訳が、無かろう…、戯け、が…。どれだけ、熱いと…』

 かなり弱っているらしく、悪態に覇気がまるでない。


「なら早く出て来い、死ぬぞ!」

『ハッチが、変形して、開かぬ、のじゃ…』

「何だって!」

『……はっ…はは…。本当に、私は一族の恥じゃ…。戦死ならまだしも、こんな間抜けな死に方……』

「何言ってる‼ 諦めるな⁉」

 イチローは大やけど承知で、ハッチの隙間に手を突っ込む。

 やはりビクともしない。

 熱さを通り越し、もはや痛みとなって襲ってくる熱気に、得意とする力も出せない。


『…みっともない、なぁ…。こんな、かっこ、悪い死に方……」

「おい、気をしっかり持て! ‥返事をしろ!」

「……たす、けて…』

 助けを求める声に、イチローの目つきが変わった。

 皮がただれ、体液が滲み出るのも気にせず両手を握り締める。

 当然、イチローを身悶えするような痛みが襲うが、冷静さを失いかけていた思考には良い刺激だった。


(落ち着け… 兎に角、火さえ消せれば何とか成る!)

「……待てよ? ‥そうか!」

 イチローは空高く飛び上がると両腕を腰の横で引き深呼吸。

 先程までヒカル達のいた場所、消火栓へと目を向ける。

 その位置は、この広場の南側だ。


(消火用水ってのは、川から水を直接引っ張ってる訳だ。この商店街から一番近い川は北側出口の先にある『尾ノ枝川』だから、水の流れ的に…)

 イチローは広場のど真ん中に狙いをつけると、真っ逆さまに急降下する。


「…ここだぁーッ!」

 そして地面スレスレで、力任せに両腕を突き出した。

 落下のスピードとイチロー渾身の突き。

 腕は地面に深々と刺さり、広場には隕石の落下地点よろしく、すり鉢状のクレーターが出来上がった。


 と、次の瞬間、そこから巨大な水柱が上がりイチローが水と一緒に吹きだした。

 今しがたイチローが浮いていた高さまで吹き上がった水は、やがて重力によって下に落ちてくる。


 噴出孔の真下で燃えるUFOには大量の水が降り注ぎ、炎は瞬く間に消えた。

 更にまだまだ雪も残るこの季節、川から運ばれる冷水は急速に機体から熱を奪う。


「よ、よっしゃ! これなら…」

 水圧でひっくり返っていたイチローは跳ね起きると、UFOに駆け寄りもう一度、ハッチの隙間に手を入れた。

 まだ触るには少し熱かったがイチローは気にもとめず、腕力で一気にハッチを引き剥がした。


 ところがハッチの向こう側に人の姿が無い。

 変わりに、全長三〇センチ程の少女の姿をした人形が俯せに転がっていた。

少し焦げているが、とても綺麗な白っぽい金色の髪の毛に、海賊の船長が被っているような帽子を付けていた。

 白を主体とした煌びやかな細工が施された服と、人形にしては少々豪華すぎる作りをしている。


「イチロー、大丈夫!」

「≪≒≒Σ!」

 いつの間にか、ヒカル達が戻ってきていた。

 両脇にそれぞれ消火器を抱え、アマミにいたっては髪の毛でも一本持っている。


「凄い水だね…。どうやったの?」

「消火用水の配管をぶち抜いた。そこまで『魔術合金』じゃなくて良かった。…まぁ、仮にそうだったとしてもぶっ壊したけど」

「な、なるほど、その発想は無かった。‥んで、操縦者の子は?」

「それが、どこにも居ないんだよ…。でもコイツが転がってたんだ。近くには居た

はずだ」

 イチローは人形を拾い上げ、二人に差しだした。

 ヒカルは「わぁ、可愛い」といって人形に触れる。


「…え?」

 直後、ヒカルは目を見開く。


「どうしたヒカル?」

「ねぇ、イチロー…。このお人形、ちょっと()()()()()()()?」

 イチローは人形を改めて両手に持ち直し、まじまじと観察してみる。

 確かに改めて見てみると人形は、小さいながらも自分達とさほど変わらない容姿を

していた。


「イルっちも、ちょっとこの人形触ってみなよ」

「…? ……Δ!」

 アマミは人形の頬に触れてた瞬間、人形を撫でた指先と人形を交互に見る。

 それというのも、人形の肌はまるで人間の様に柔らかく、あまつさえ温かみを

帯びているのだ。

 これではまるで、某ネコ型ロボットの持つ道具で小さくなった人間だ。


「う…、うぅ~ん…」

「!」

「!」

「!」

 イチロー達は面食らった。

 なんと突然、人形が小さく呻き、目を開けたのだ。


「………わ、私は、どうなったのじゃ? …ッ!」

 人形は、自分を持っているイチローの親指が胸に触れている事に気が付いて顔を真っ赤にする。


「こ、この、痴れ者! 色情魔!」

 人形の拳が、驚いて見開かれていたイチローの目にクリーンヒット。


「理不尽!」

 イチローは両手で目を押さえ、痛みに声を上げながら後ろに仰け反り、挙句UFOの内壁に後頭部を強打した。


「‥って、きゃぁぁぁ~!」

 そうなれば当然、イチローに持たれていた人形は支えを失い、地面に落ちていく。


「▲仝\!」

 アマミがそれを髪の毛を伸ばしてキャッチ。

 文字通り、間一髪だ。


「ナイス、イルっち」

「じ、寿命が四半世紀縮まるかと思ったわ…」

「Ωθ・Ф$@<、★↓♀〓!」

「『どうなってるの、この人形』じゃと? 戯けが」

 人形はアイルの手の平で仁王立ちし、自分の胸に手を当てる。


「我が名はカーヤ・イナミナ! 何れは『二代目キャプテン・イナミナ』となる絶対王者じゃ!」

「えぇ!」

「◇!」

 目の前で話しているのは人形ではなく、自分達が今しがた激闘を繰り広げ、助けようとしていた少女本人だったのだ。


「うへぇ~、異星人ってホントに色んな大きさの人が居るんだね。やっぱ宇宙って

広いんだなぁ~」

「大小で判断するでない。私はこの星よりも、遥かに高度な技術を持つ星の出身じゃ。

私から見れば、貴様らの科学水準など玩具のレベルじゃ」


「そのちっさい体で、俺達よりも頭が良いと…」

 漸く復活したイチローが訝しげに言うと、小さな異星人は「キィー!」と憤慨。

「『小さい』と言うで無い!」と叫び、イチローに飛び掛かろうと身構えた。

 しかしイチローはそうはさせまいと、彼女の服の後ろ襟を摘み、持ち上げる。


「お、おのれ鬼畜漢! 下ろさぬか!」

「お前、一応犯罪者だからな」

 イチローは意地の悪るそうな笑みを作る。

 少女は腕を振り回して暴れたが、イチローには一切届く訳もなく、最終的には大人

しくぶら下がっていた。


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