《4》
『尾ノ枝町十字商店街』
中央広場から東西南北に伸びる、今時にしては珍しい昔ながらの商店街である。
創業云十年の八百屋や魚屋などの一種専門店が現役で生き残り、意外と定期的に新作が入るゲームセンター。
さらに若者向けの喫茶店なども立ち並ぶ、町に住む老若男女憩いの場だ。
中途半端に栄えた尾ノ枝町で唯一の娯楽地域と言っても過言ではない。
「………」
商店街北側にある洋服屋に連れてこられたイチローは、店内の異様な内装に思わず顔をひきつらせた。
パステルカラーを基調とした狭い店内に、ところ狭しと並べられたカラフル&シマシマ&派手派手の服の数々。
中にはアニメや漫画のキャラクターが着ていた服に似せたもの、いわゆる『コスプレ衣装』も陳列されている。
ここは明らかに、限定された客層向けの店だ。
それらを見て真剣に服を選ぶヒカルの姿が、イチローにはとてもシュールに映った。
(宇宙人のセンス、マジ解んねぇ…)
「言っておくが、俺は普段着で、こんなトンでも衣装は着ないからな?」
「あはは、大丈夫だよ。地球人の美的感覚は解ってるから。僕の服、見れば解るでしょ?」
そう言うと、ヒカルはクルリと回って「ね?」と自身の服装をイチローに示す。
だが『イチロー用に』と彼女が手にしているのは、胸元にグロテスクな肉塊(?)が印刷されたフード付きトレーナーだ。
「♀っ□っ¥っ%っ&$~」
二人の背後にある試着室からアマミの声が聞こえてくる。
ある程度一緒に行動したお陰で、イチローにもこの声が彼女の『呼び声』だと言う事が解ってきた。
言葉を初めから理解しているヒカルが既に振り返っているので、イチローの考えは間違っていない様だ。
「こ、これは…」
店内を最初に見た時以上の衝撃的な光景に、イチローは思わず額をピシャリと叩く。
カーテンの開いた試着室に立つアマミの服装は、もはや『オシャレ』という言葉の意味が改定されたかのような姿だった。
いや、もはや『服』という概念すら超越している。
しかしそんな、無垢な幼稚園児か、世界的前衛画家の描いた構図も色合いもへったくれも理解できない服装を、奇妙なことにアマミは着こなしている。
形状は兎も角、確実に似合っているのだ。
「おぉ~、流石はイルっち。ハイセンスだね」
「た、確かに、似合ってはいるけど…、頼む。その服装で一緒に行動するのはやめてくれ…」
イチローが嫌がる理由が理解できないアマミは小首を傾げたが、とく気にも留めず、
また試着室のカーテンをしめた。
(あぁ…、もう無理。この空間、耐えらんない)
アマミの服装がトドメとなり、イチローは頭がクラクラしてきた。
目を休めようにも、ショッキングな色が何処を見回しても乱立する現状。
更にアメか何かを思わせる、甘ったるい香りの漂う店内。
慣れていない人の気分が悪くなるのも無理はない。
「悪い…。ちょっと外出てる…」
「え、イチロー服は?」
「もう『服』なら何でも良い。お前のチョイスに任せる…」
イチローは振り返ろうともせず、ヨロヨロと店の外に出る。
百歩譲って色や柄には拘らないから、せめて服の形状をした物にして欲しい。
そう切に願いながら。
時刻は既に一九時を少し過ぎた頃、門限までにはまだ時間が有る。
外はすっかり暗くなり、空気も冬独特の澄んだ香りと寒さを含んでいた。
イチローは寒さに肩を竦めながら、店先にある自販機で『あたた~かい』の列に並ぶホットミルクを購入した。
しかし直ぐには缶を開けない。
暫くはカイロ替わりとして使用する。
「エックシュンッ! ……あぁ~寒ぃ…」
(‥ったく、何時まで見てる気だ?)
一向に店から出て来ないヒカル達と、寒さで痛み始めた足先に、イチローは少しイライラし始めていた。
少しでも気を紛らわすためにと、彼は夜空を見上げる。
尾ノ枝町にはまだ、高層ビルという物があまり無い。
なので大都会の四角い大空とは違って、空を見上げれば広い空をみる事が出来る。
「‥お、流れ星!」
イチローが顔を上げて程なく、夜空に一筋の光が走った。
この惑星の夜空には古くから、特定の時間に大量の流星が見られる現象『流星時間』という物が存在する。
最近は街灯や住居の明かりが強いため、肉眼ではあまり観察できなくなったが、この町では比較的高い確率で流星を見ることが出来る。
とは言え、ラッキーな事に変わりは無い。
だがサプライズに浮かれていた所為で、イチローは流星と思っていた『ソレ』の異変に気付くまで時間が掛かってしまった。
光り輝く筋はジグザクと不規則な動きで、止まったと思えば加速、かと思えばまた止まるという行動を繰り返していた。
どう見ても、自然の動きではない。
そして何よりも、光は商店街に向かって落下してきているようにしか見えない。
「お待たせ~。いゃあ、大量大量♪」
「∀∞☆す$*#!」
幸せそうな声に、イチローは顔を店の方に戻す。
店から出てきたヒカルの両手には、三つも四つもの紙袋が握られており、アマミに至っては髪の毛でさらにもう一つの紙袋をぶら下がっていた。
「買い過ぎだろ…。貯金なくなるぞ?」
「フッ…、オシャレにはお金をかけるものなのだよイチロー君」
何故か上から目線で笑うヒカルにイラッとして、イチローは「ほざけ」と返した。
「ところで、なんで上なんか見てたの?」
「‥ん? いや、あの発光体が気になっ、?」
不意に、イチロー達の頭上から街灯の光が消えた。
不思議に思って同時に顔を上げた三人の視界に降り注いだのは、緑色一色。
あまりに突然の事に反射反応上、イチロー達は全身が強張って身動きが取れなかった。
彼らの全身を、何とも表現しがたい柔らかな物体が包み込む。
しかし首から上が直ぐ外に出た。
何があったのか確認する為、イチローは閉じてしまった目を怖々と開けた。
「………」
「………」
イチローの視界を、どアップのヒカルの顔が支配した。
可愛らしい顔がキョトンとした表情でイチローを見つめている。
いつも眠そうにしいてる真っ青な瞳の中、銀河を髣髴とさせる渦のような模様が美しい。
普段見慣れていたはずのヒカルの顔に、イチローは思わず『女性』を感じて見とれてしまった。
「‥ポッ」
「な、何が『ポッ』だよ…」
我に返ったイチローは猛烈に気恥ずかしくなり、後ろを向こうと体を捻って逃げようとする。
ところが、何故か首から下が思うように動かない。
「ωぇ×>ば■∀!」
慌てた様子のアマミの声に、イチローは漸く自分達が、首から下を謎の物体に包み込まれている事に気が付いた。
「な、何じゃこりゃ~⁈」
ヒカルが『超』が付くほど大昔に流行った刑事ドラマの登場人物ばりに調子の外れた声を上げた。
イチローはより詳しく状況を確かめようと、唯一自由な首を近くの店の窓ガラスに向ける。
それは見た目、草餅っぽい真緑の巨大物体から自分達の首が生えている状態。
かなり間抜けな絵面だった。
「ねぇイチロー。『地球史』の授業に出てきた大昔の『晒し首』って刑罰、こういうのを言うのかな?」
「ブラックなジョークをかましてる場合か…」
『わーっはっはっはっ‼ 無様な姿じゃなぁ?』
商店街全体に、如何にもスピーカーを通した少女の高笑いが響き渡る。
イチローにはその声に聞き覚えがあった。
「まさか…」
イチローは目に映った物に対して「うわぁ~…」とあからさまに嫌そうな声を上げた。
『昼間はよくも騙してくれたな!』
はたして商店街の上空に浮いていたのは、イチローが昼間に殴り飛ばしたドーム型UFOだった。