《3》
「……とは言った物の、実際問題ヤバいよなぁ…」
イチローは寮内の自室に戻るなり、上着のジャケットを脱いで二段ベッドの二段目に寝転がった。
寮の部屋は二人一部屋。
『パル』となった人物とルームシェアする様に成っている。
『パル』と言うのは『相棒、仲間』という意味の言葉で、この学校に在籍する超人は皆、基本的に『パル』とのツーマンセルで活動を行う。
『一つ! 自身と相棒は、苦楽を共にする一心同体であれ!』
これもまた、学園のモットーだ。
「元気だしなって。長い人生、留年なんて学生の間しか出来ない体験なんだから」
イチローの『パル』であるヒカルは呑気に笑いながら、学習机でマイ湯飲みに注いだお茶を啜る。
彼女は既に課題をクリアしている為、イチローの様にヤキモキする必要も無いのだ。
「留年を体験する為に学生やってる馬鹿が何処にいる…。てかヒカル、お前いつの間に課題達成したんだ?」
「年末にあった海賊騒動の時にサクッとねぇ」
ヒカルの言う『年末』。
つまり今から一ヶ月ちょっと前のことだ。
世間が年末商戦で騒いでいた頃、少し名の知れた宇宙海賊が大手百貨店を襲撃。
年末のセール品を略奪するという事件が発生した。
『メイド・イン・ブルーアース』は宇宙的に見てとっても品質が良く、異星間では高値で取引されている。
その所為か、資金源として狙われる事が少なくない。
この時、ちょうど進級時期を迎えていたイチロー達のクラスが出動する事となり、作戦は見事成功。
参加者全員が、めでたく進級資格を手に入れる事となった。
にも関わらず、イチローは進級の危機に瀕している。
それというのも、その日イチローはインフルエンザに掛かってしまい、寮で寝込んでいたのだ。
いかに超人といえど病気には敵わず、病気の性質上、当然外出は禁止。
結果イチローはクラスでただ一人、進級資格を取り逃してしまった。
「でもよく一人で大丈夫だったな? ヒカルの能力って、あまり前線向きじゃないだろ」
「そりゃ、僕一人で戦った訳じゃないよ。イチローが寝込んじゃったから、イルっち|と臨時で組んだんだ」
「『イルっち?』」
イチローは上半身を起こし、首を傾げる。
恐らくヒカルお得意の『あだ名』で呼んでいるのだろうが、イチローには適当な人物が直ぐに思い当たらない。
「それにしてもイルっち遅いなぁ~。今日は一緒に買い物行く約束してたのに…」
お茶をすっかり飲み干してしまい、ヒカルが暇を持てあまし始めたその時、部屋の扉が割りと強めに叩かれた。
「ん? 開いてっからどう、」
「せ#ーΣぃΨ$ξぅ!」
イチローが全てを言い切るよりも先に扉が勢い良く開き、どう考えてもこの星の言語とは思えない奇声を発した少女が元気よく部屋に入ってきた。
彼女の事は、イチローもよく知っている。
去年の秋、イチロー達のクラスに編入学してきた天見 亜衣流。
その時々の感情や意思によって様々な形に変化させられる銀色の毛と、元気が取り柄の異星人だ。
この星に来てまだ日が浅い所為か、地球の言語はからっきし。
それ故、この場で意思疎通が出来るのは同じく異星人のヒカルだけだ。
ところで、異星人だという割にヒカル達が地球人風の名前を名乗っている事を、諸君は疑問に思うだろう。
実はこの二人に限らず、この国で生活する異星人は大抵、本名とは別に地球人姓を名乗っている。
なにも『本名が駄目』という訳ではないのだ、何かと不便なのだそうだ。
ヒカル曰く「特に役所での手続きとかの時に面倒なんだよねぇ。受付の人が本名だと聞き取れなかったりするし」との事だ。
二人の名は、本名の響きを当て字にして、ゴロが良くなる様に言い換えた物らしい。
因みにイチローは、生粋の地球人である。
「も~、イルっち遅いよ。忘れられたのかと思った」
「§%ん◆♪。…も◎?」
苦笑しながら頬を掻いていた彼女と目があったので、イチローは「よっ、アマミ」と短く挨拶をする。
彼女もそれに答え、毛をピョコピョコ動かしながら元気良く返事を返した。
「相変わらず、こっちの言葉を理解は出来てるんだな?」
「ÅゃBЖべ✖Ы…」
彼女はいわゆる『相手が何を言っているのか何となく理解できるんだけど、それに対する返答が出来ない』というタイプだ。
『せめて筆談でも』と地球の文字を絶賛猛練習中だが、その筆跡はまるでミミズが踊り狂ったような物。
とてもじゃないが、解読できるレベルではない。
「てかヒカル…。『イルっち』ってアマミの事かよ」
「そだよ~。可愛いくない?」
「可愛いって言うか…、なんか『ポエモン』みたいで…」
『ポエモン』とは、見た目はぽややんとしたモンスターが外見とは裏腹にガチのバトルを繰り広げる、全世界(主に地球と、その周辺惑星圏内)で大人気のゲーム『ポエッとモンスター』の略称であり、ゲームに出て来る様々なモンスターの総称である。
「アマミ、お前もそれで良いのか?」
「♀£い▲@∞し!」
笑顔で親指を立て、毛でハート型を作る。
どうやら気に入ってるらしい。
ある意味、この雰囲気はポエモンに通ずると言えるだろう。
「買い物って、何に行くんだ?」
「洋服。年末の売れ残りが、何と売り尽くしセールされてるんだ!」
「また服買うのか…。『買うな』とまでは言わんけど、先に収納スペースの大半を占領してる買ったまま着てない服を処理してくれ」
イチローの向けた目線の先には、ヒカル専用のクローゼット。
中には彼女が今まで買溜めた大量の服が押し込まれており、少し前から定期的に軋み始めている。
その音は日に日に大きくなっており、いつか戸が壊れ、雪崩のように服が押し寄せてくるんじゃないかとイチローは気が気でならない。
「解ってないなぁイチローは。女の子ってのはイチローみたいに、何日も同じ服を着まわしたり出来ないんだよ。しまってある服も、いつか着るんだから」
「その『いつか』がいつだよ…。あと、人を不衛生の塊みたいに言うな。着まわしてるのはズボンと上着だけで、下着とか靴下は毎日変えてる」
「ほらやっぱ着まわしてるじゃん。‥あ、そうだ! 折角だからイチローも服、買いに行こうよ!」
「面倒だからノーサンキュー。俺はお前らと違って、オシャレに興味ない。何より服に何万も出す感覚がわからん」
「でたでた物凄い偏見。謝れ、全銀河系のファッションデザイナーに謝れ!」
「あ¥∀〒%◎!」
「喧しい異星人どもが。俺は『ユニーロ』の五組セットのお得靴下とか、イージーカーゴとかで満足してんだよ」
『ユニーロ』とは、実用系衣料品の生産から販売を一括して展開する、この星発祥のファッションブランドである。
低価格ながらもカジュアルな服を取り扱っているため、学生の財布事情にも大変優しい。
「その考えが駄目なんだよ。オシャレは一日にして成らず! イルっち、手伝って」
「ÅДっψ!」
「ちょっ、お前ら止めろ! 引っ張る、ぁ痛!」
ヒカル達は寝転んでいたイチローの腕と足を掴み、二人がかりでベットから引きずり落とす。
「さぁ! レッツゴ~」
「∝★μЖぇ~」
そして顔を床に強打し、痛みに呻くイチローの襟首を掴むと、そのままズルズル引きずっていった。
(UFOは捕り逃すは、顔は強打するは…。今日は厄日かよ?)