《2》
尾ノ枝町の中心部から少し離れた場所に、イチローとヒカルの在籍する学園がある。
『超人』と書いて『ヒーロー』と読む。
その名も『超人学園』
横行する宇宙犯罪者や宇宙海賊などを抑止出来る人材を教育する、警察学校のような物と考えてもらって良い。
惑星間交流と脅威対処の為に結成された主要多国籍からなる『連邦政府』と、地球を含めた知的生命体の住む惑星郡による連合組織『銀河連合安全保障理事会』。
通称『G・U・S・C』によって設立された全寮制のこの学園は、様々な星から入学試験を経て選抜された多くの超人達が教職員、生徒として在籍し、日夜世界を守り続けている。
しかしそうは言っても学校は学校。
ただ戦っていれば良いという訳ではない。
『一つ! ヒーローは文武両道であるべし!』
職員室に掛かっている存在感たっぷりの額縁に、達筆な筆遣いで書かれた文字。
学園の創設者であり理事長直筆のもので、学園の数あるモットーの一つだ。
イチローはそれを眺めつつ、目の前で怒っているクラス担任の初老男性の話を聞き流していた。
因みにこの初老男性、地球人ではない。
地球からは何千光年も離れた星の出身だ。
2mを越す厳つい体格と赤みが掛かった肌、ずらりと並んだ牙が日本妖怪の『赤鬼』を彷彿とさせる事。
更に、彼が怒鳴った時に発せられる声量の凄まじさから、学生の間では『オニガミ』と揶揄されている。
「聴いてるのか時翔⁈」
耳元で怒鳴られ、流石にイチローは反応して見せる。
「うす、聴いてます!」
「チッ、返事だけはいっちょ前だなお前は…。俺は涙が止まらんぞ…」
オニガミは掛けていたフチ無し丸眼鏡を外して目頭を押さえる。
「鬼も目にも涙…」
「何か言ったか?」
「いえ、何も!」
イチローは口を手で押さえて笑みを誤魔化す。
バレたら最後、彼は寮の門限までの貴重な自由時間を、説教+補習のフルコースで潰す事になるだろう。
「俺の担当するクラスで、検挙数がゼロなのはお前だけだぞ?」
「いや次こそは! 次こそは大丈夫っすから!」
「お前なぁ…。それ、今年に入ってから何回目だ?」
「今の含めて二八回目ですかね?」
つまり、ほぼ毎日である。
「はぁ…、なぁ時翔、進級査定日がある如月までもう三日もないんだぞ? 散々引き伸ばしてやったが、これ以上は俺にも無理だ」
オニガミの表情が険しくなる。
説教ではなく、本気の忠告にはイチローも真面目に「解ってます」と返す。
「なにも指名手配されている重大犯罪者を捕まえろって言っている訳じゃない。引ったくりでも、下着ドロでも、何なら交通違反者でも良い。何が何でも実績を作れ。解ったな?」
「‥はい」
「……よし、解ったのなら、この話は終わりだ。楽にして良い」
オニガミの言葉に、イチローは(やれやれ…)と、伸ばしていた背筋を丸めた。
オニガミは『終わり』と言った事には関しては、本当にそれ以上の言及も小言も言わない性格をしている。
説教はここまでという事だ。
「それで、俺がぶっ飛ばしたUFOの件はどうなりました?」
「うぅ~ん…。調べてみたが、なにぶん本当にド新参らしくてな。目撃証言もあやふや。結論から言って、何も解らん」
「まったく注目されて無かったっスからねぇ…。アイツが言ってた事じゃないですけど、確かに慣れ過ぎるってのも考え物ですよ」
「しかし『イナミナ』とかいうファミリーネームは、どこかで聞いた記憶があるぅ、ような無いようなぁ…」
「どっちスか…」
「まぁ、なんか解ったら知らせてやるから、今日はもう帰って良いぞ」
「たのんます。‥んじゃ、失礼しました」
イチローはオニガミに一礼すると、他の教員達にも軽く挨拶をしながら職員室を後にした。
「……ふぅむ…」
イチローを見送ったオニガミは眼鏡を掛け直すと、デスクに置かれたパソコンを操作し、イチローの成績表を呼び出す。
彼が『鬼』と称される程の強面でも、イチローに関しては顔を歪めざるをえない。
学力面はギリギリだが、体力、素行から見ても進級には何ら問題は無い。
しかし、イチローは進級に必要な必須条件。
『進級査定日までに、一名以上の犯罪者を捕まえる』を未だに達成出来ていなかった。
担任であるオニガミとしては進級を許してやりたいのだが、えこひいきする訳には行かない。
「本気で急げよ、時翔」