また歴史に影響しそうな人が
「今井久秀にございまする」
清洲の問題は機会さえ来れば事態が動くのだが、農繁期故に今は事態がなかなか動かない。
那古野や清洲の町ではいつ戦になるのだと戦々恐々としている最中、思いもしない人物が那古野城にやって来た。
今井久秀と言えばピンと来ないかもしれないが、今井宗久と言えば名前くらいは知ってる人も多いかもしれない。
天下三宗匠の一人にして、史実において信長にいち早く従った時勢の読める男。
堺の会合衆の一人である彼がなんで那古野に来たわけ?
南蛮船のことで文句でも言いに来たか?
「天下の堺の会合衆が、わざわざ尾張まで来るとは何事だ?」
どうも末森にも行き信秀にも挨拶しているらしく、信長に挨拶してオレに会いたいと言ったみたい。
今日は松茸ご飯だから早く帰りたいんだけど。
「はっ。津島に南蛮船が入り、弾正忠様が召し抱えたと聞き及びましたので、ご挨拶に参上しました」
オレ一人で会うのも何なんで信長に呼ばれて那古野城にすぐに来たんだけど、信長は相変わらずうつけ様スタイルで今井宗久にも気遣いゼロだ。
まあ信長も文句の一つでも言われるかと、警戒しているのだろう。
未来で言えば東証一部上場の一流企業の社長が、地方の第三セクターか何かの社長に会いに、わざわざ来るようなものだろうか?
権威としては武士が上だろうが、影響力なんかを考えると現時点での織田家としては決して敵に回してはならない人だ。
「堺にも南蛮船は入って来るであろう」
「確かに南蛮船は来ますが数は少のうございまする。ほとんどが明との密貿易船故に」
「物好きだな。幕府にでも訴え出て、堺に来るようにと言えば良いではないか」
「そのようなことをして、何の得になりましょうや」
「うむ。親父にも聞いたであろうが、そこの男が南蛮船の持ち主だ。貿易の一切は任せておる」
良かった。ケンカ売りに来たり、圧力かけに来た訳じゃないみたい。
信長もわざわざ出向いた宗久に、少し呆れたように笑っている。
ただ信長と信秀の怖いところは、南蛮貿易をオレに任せてると対外的に公表しちゃうとこだろうね。
商人司のような立場ではなく正式な家臣とはいえ、自分の名声にしないのが合理的と言うか何と言うか。
「久遠一馬です」
「これは、何ともお若い」
「父の代から南蛮船を使っていますので」
まだ十代半ばにしか見えぬオレに宗久は驚いてるよ。
南蛮船はこの時代で作るには決して安くはないし、今の日本には作る技術もまだ伝わってないだろうから、驚いても不思議はないけど。
土産にと茶器貰ったよ。高いのかな?
「しかし尾張の津島とは、面白いところに目を付けましたな」
「成り行きですよ。強いて上げるとすれば、津島は戦が近くでないのがいいですね」
「早くも伊勢から駿河まで販路を広げているとか。凄まじいですな。堺の会合衆でも話題になっております」
「扱う量が違いますけどね。うちはある場所に中継地がありますから、多少は違いますけど」
かなり情報を集めてから来たみたいだね。
目的は品物を売って欲しいのかな?
正直畿内にはまだ関わりたくはないけど、宗久は味方にしておきたい。
火薬は流石にオレの独断で売れないし、蜂蜜酒くらいなら多少卸してもいいか?
「久秀。今日はこのあと、どうするのだ?」
「特には決めておりませぬ」
「ならば泊まっていくがいい。南蛮仕込みの酒と飯を食わせてやろう」
「ありがとうございまする」
当たり障りのない会話をしながら、どうしましょうかと考えてたけど。
信長は那古野城に泊めることにしたらしい。
まあ妥当なところだろうね。畿内の話を聞きたいんだろうし。
でも南蛮仕込みの料理って、なに出せばいいのさ。
地味に無茶ぶりされた気がする。




