清洲の様子
side・滝川家の家臣
「聞いたか? 坂井様が殺されたらしいぞ」
「ほんとか?」
「ああ、那古野のお医者様を殺そうとしたバチが当たっただ!」
清洲では坂井大膳が間者を使ってケティ様を暗殺しようとしたことと、その坂井大膳が何者かに殺された件が早くも噂になっておるな。
「末森の殿様の報復だべか?」
「かもしれん。戦になるな」
「戦うって誰が従うんだ? お医者様に診てもらえなくなるぞ」
「そもそもお医者様を殺そうとした坂井様が悪いだ!」
今は稲刈りの時期なので無理だが、刈り入れが終わり次第戦になると清洲の町の衆は噂しておる。
「本当に末森の殿様の報復か?」
「どういう意味だ?」
「そこの寺の和尚様から聞いたんだが、坂井様が貧民の女を斬ったらしい。無礼な振る舞いがあったからと言ってたらしいが、何処まで本当なのか」
「それ言うなら守護様も、守護代様と不仲だって言うぞ?」
「殺されて当然の奴だよ!」
犯人は末森の大殿と我が殿が大半だが、清洲内の権力争いという意見もある。
「あの人は人質を取って、汚い仕事をやらせていたからな。もしかすると坂井様の部下かもしれん」
「そんなことしてたのか?」
「反抗的な農民を殺すくらい誰でもやってる。だがあの人は自分でやらないで、人にやらせるんだよ」
ふむ。領民はよく見ておるな。
だがこれは荒れるぞ。一先ず帰って報告するか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side・織田信友
「何故大膳が……」
「噂の南蛮の女医者に刺客を放った報復でしょう」
「何故刺客になるのだ! ワシは久遠一馬とやらを引き抜けと命じたはずだ!」
「交渉が決裂した結果、抜け駆けでもしようとしたのでしょう。坂井殿の常套手段ではないですか。医者が消えれば、信秀は姑息な手を使えぬとでも思うたのでしょう」
馬鹿な。巷で噂の南蛮の女医者を殺して、どうなるというのだ。
何を考えていたのだ! 大膳!!
「殿。町では信秀が攻めてくると騒ぎになっております。それに今回の件で怒りは殿にも向いておりまする」
「ワシは知らぬぞ!」
「ならば信秀と久遠に詫びを入れますか?」
「それではこちらが刺客を放ったと、認めるようなものではないか!」
「しかし家中の者も、家族や縁者が診てもらった者がおりまする。敵味方問わず診ておる久遠家を敵に回せば、離反者が出ますぞ?」
「知らぬものを認めよと言うのか!」
「ならば坂井大膳を謀反人として、首を信秀に送るというのはいかがでしょう? 真実がどうであれ首を送れば、信秀と久遠の面子は立ちまする。殿は謀反人を処罰したとするのですよ」
「……それしかないか?」
「信秀は南蛮船の貿易の富で領民の為に、無料で患者を診させてると評判なのです。下手をすれば家中の者に討たれますぞ!」
「やむえまい。大膳は久遠一馬を我が物として謀反を企んだ罪で遺体の首をはねて信秀に送ってやれ! ワシは知らんのだ!」
大膳め。何故ワシが恨まれねばならぬのだ!
ワシはいつまでも挨拶に来ぬ、久遠一馬とやらを引き抜けと命じただけなのだぞ!
もしや大膳のやつ。本当に謀反を?
そうだ。そうに違いない。
今はマズイ。今戦などすれば、ワシが暗殺しようとしたようではないか!
クッ。信秀め! 姑息な策を……




