謀の結末
side・間者
「ほう。貴様生きておったのか? 流石はうつけだ。下郎一人始末できぬとはな」
「坂井さま。今一度機会を」
那古野から解き放たれたわしは、主の下に急いだ。
滝川という男に自分のしたことをよく考えろと言われたが、わしとて好きでした訳ではない。
人扱いされず、雑兵にすら見下されるわしが生きるには、他に生きる術が無かったのだ。
農民や貧民がどうなろうが知ったことか。
あの連中も自分の都合しか考えて無いという意味では、武士と大差ない。
南蛮人だか何だか知らないが、あのようなことをしたところで付け上がるだけなのだ。
そう、教えられていた。
「失せろ。女一人始末出来ぬ奴に次などないわ」
「ならば母を……」
「ふん。そんなもの貴様が捕まった時に斬り捨てたわ。貴様も斬り捨ててくれようか?」
この男。坂井大膳は重要な仕事をさせる時には、必ず人質を取る。
わしの母も人質に取られてる故に、わしにはやるしか無かったのだ。
母の為にわしはわしは……
「織田弾正忠家では農民や貧民の病の為に、無料で患者を診ておるのだぞ? 何故それが分からぬ。しかも医者は女ぞ。敵だ味方だと争うのは、男がやればよいのではないのか?」
「人質に捕らわれてる者が居るならば、助ける手を貸そう。命を奪うのではなく、救うことで世を治めようとする。我らの力とならぬか?」
あの男。滝川という男の与太話を、そのまま信じる気はない。
故に時が欲しいと告げたら、本当に解き放ってくれた。
約束通り母さえ無事ならば……
「長年面倒を見てやった恩を忘れおって」
恩だと?
貴様がしてきたのは、虫けらのように使い続けていただけであろう。
那古野の牢でわしは初めて、米の飯を食わせてもらった。
嘘でも偽りでもなく本当の米の飯だ。
貴様はわしに何をくれた?
この男だけは……
この男だけは…………
許さん!!!
「きっ、きさま……」
「人に見られぬように、人払いしたのが仇となったな」
「このような……ことをして……ただで済むとは……」
「思うておらん。母の仇じゃ」
謀ばかり考えて人に弱味を掴まれぬようにと、この男はわしと会う時は常に一人であった。
愚かな男だ。わしごときが自分を害するなど出来ないと、たかを括っていた愚か者だ。
短刀には毒が塗ってある。苦しみながらも死ぬがいい。
「殺ってしまったか」
「誰だ!」
「久遠家家臣、滝川一益」
「首はくれてやる。那古野で食わせてもらった飯の代金だ。持っていけ」
男が坂井大膳が苦しみながら息絶えると、突然背後から声を掛けられた。
全く気配に気付かなかったところを見れば忍か。
「その方これからどうする? 追っ手がかかるぞ」
「構わん。わしにはもう何もないのだ」
「ならば久遠家に来ぬか? 新しき世を見れるやもしれぬぞ」
「命を奪うのではなく、救うことで世を治めようとするか。そのような世迷い言、出来るはずが無かろう」
「さあな。それはオレにもわからん。だがケティ様が人を救っているのは確かだ。貴様はそれを奪おうとしたのだ。その罪生きて償え」
「わしを殺して、そこの男の首だけ持っていけばいいではないか」
「首など要らん。気が向いたら那古野の久遠家に来るがいい」
何故だ? 何故わしを殺さぬ。
命を狙った相手から命を奪われずに、命を奪うように命じた相手に大切な母の命を奪われたのは何故だ?
何故首を持っていかんのだ?
手柄ではないのか!?
「そうだ。そなたの母は、屋敷の者が近くの寺に運んで埋葬したようだ。本当か嘘かは知らぬがな」
滝川一益か。本当に首を置いていきおった。
清洲はもう終わりだな。
織田弾正忠家と久遠家か。
その行く末、見届けるのも悪くはないかもしれん。
甘い戯れ言を何処まで言い続けられるのか。
見てみたいものよ。




