自爆しそうな人
「どうでしょう? 守護様にお仕えしてみませぬか?」
この日すっかり日が暮れた頃になると、家に見知らぬ武士が数人の供を連れて訪ねてきた。
名を坂井大膳と名乗ったけど本人かね?
守護の斯波義統の使者として来たと言っていて、本物か偽物か分からないけど斯波義統の書状を持参してる。
仕えれば千石の領地と貿易の安堵状を出して、守護の直臣にしてくれるらしい。
「仕えるも何も私はすでに織田家の家臣です」
「建前は結構。織田弾正忠家が守護様と守護代様を、蔑ろにしてるのは明らか。貴殿も守護様を蔑ろにするおつもりか?」
「そういう見識の違いは私には分かりません。生憎とこの国のことに疎いもので」
「疎いでは済まされぬことですぞ。守護様ばかりか引いては幕府や朝廷をも蔑ろにするのですか?」
「そもそも私が守護様に仕えたとしてどうなるんです? 港もないでしょう? 守護様にも守護代様にも」
早い話が引き抜きなんだろうけど、前の津々木蔵人よりは理性的だね。
尤も理性的話し方だけど硬軟織り交ぜた内容は、流石にそれなりの地位で人を使う者だと感じさせられる。
比べるのは失礼かもしれないけど。
「大丈夫ですよ。港ならばこちらで用意致します」
「守護代様は尾張をどう治めて、この国を如何するおつもりで?」
「守護様の元に尾張を統一出来れば、美濃を降して上洛することも可能でしょう。貴殿には津島を任せたいと守護様は仰せだ」
「それは絵に描いた餅では? 私が聞きたいのはもっと具体的な話ですよ。」
話に一定の筋は通ってるし悪い話じゃないんだろう。
だけどオレが聞きたいのはそんな夢物語じゃない。
「貴殿が守護様に仕えれば、信秀は力を失うのですよ。美濃と三河とあの男は連敗続きですからな」
「そう言うのは守護代様が、戦に勝ってから言ってください。その連敗続きの人に貴方達は勝てぬのでしょう?」
「それは少し無礼な物言いですな。この場は聞かなかったことにしますが、貴殿の為になりませぬぞ」
「ならお帰り下さい。殿も若様も、私には好きに話せと仰せになります。はっきりとした意見も言えぬ家に、仕える気はありません」
「その言葉。いずれ後悔しましょうぞ」
ダメだね。この人は賢い方かもしれないけど、オレの言いたいことまるで理解してない。
尾張の未来とか国の未来とか頭に無いんだ。
あるのは自分達の地位と権威をいかに高めて、上にいくかしかない。
しかも少し本当のこと言っただけで、不愉快そうな表情をした。
自分達の狭い世界の権威以外認めないこの人達が、オレ達のことどう思ってるかはっきりしたね。
はっきりと断ると自称坂井大膳は、オレを威圧するように睨みながら帰って行った。
「殿。このまま帰してよろしいのですか?」
「前の件もあるからな。家に来た人がまた斬られたとなれば、どんな噂が立つか分からんだろう。というか本物なの?」
「本物の坂井大膳です」
「どう思う?」
「帰してもいいと思います。清洲は焦っているのでしょう。それより当面はケティの方に護衛を増やすべきです」
「やはり狙われるとすればケティ様ですか。しばらくは診察中にも人を配するように致します」
自称坂井大膳が帰ると、家に残っていた一益が帰していいのか聞いてきたけど、これ普通なら裏切りを疑われかねないからな。
ただ津々木蔵人の件もあるし、また家で人が斬られたとなると世間体が良くない。
第一立場は向こうが上で、必ずしも敵対してる相手じゃないからな。
エルとも相談して現状では黙って帰すことにした。
しかしこうなるとお土産作戦は、変えるべきかもしれない。
このまま医療による人心掌握を、前面に押し出した方がいい気がする。




