診察と教育と経済と
「お市の具合はどうだ?」
「問題ない。薬を出しておいた」
牧場襲撃から数日が過ぎたこの日、オレはケティと一益を連れて末森城に来ていた。
用件は昨年産まれた市姫が熱を出したので呼ばれたのだが、ただの風邪だったみたい。
「医者の件だが、武士は自らなりたがらぬ。こちらから命じても続かぬであろう。 本当に農民から集めねば、ならぬかもしれぬが如何する?」
診察と治療を終えて信秀と会っていたけど、やはり医者のなりてがなかなか見つからないようだ。
価値観が違うし、いきなり医者のなりてを探してると言われて志願する奴は居ないだろうね。
「農民から集めるなら子供の方が覚えが早い。捨て子や売られていく子供の方が多分必死で覚えるはず」
「ふむ。子供か。冬を越す前に売る子が居れば、集めてみるか」
「医者に向かなければ、商人か兵にしてもいい」
「捨てられる子を育てて使うか?」
「教育は大切。将来必ず役に立つ人が出てくる」
「教育は大切か。お前達に会うようになって最近思うのだ。田畑を耕し戦をすることしか知らぬ武士ばかりで、この先どうなるのかと」
オレ達はある程度この結果を予測していて、いっそ子供から育てる方がいいと考えてもいた。
信秀は反対するかと不安だったけど、逆に家臣達があまりにオレ達と違いすぎることに不安を感じ始めたのか。
「お前達は那古屋で若い者を教えていると聞く。それを末森でもやれぬか?」
「私達の話をみなさん聞き入れて頂けますか?」
「聞かぬ者は捨て置いてよい。一度与えた機会を無駄にするならばそれまでよ」
「そうですね。一度やってみましょうか。例の武芸大会の後ならば、多少は聞いて頂けるかもしれませんし」
「それでよい。平手も歳ゆえあまり無理をさせられぬ。若い者を育てねばなるまい。幸いなことに銭は増える一方だしな」
この人もやはりただ者ではないね。
信長ほど革新的な思考はしてないが、与えられた情報から足りないものを導きだすとは。
教育は確かに織田家全体でやりたかったけど、まさか信秀から言われるとは思わなかった。
「そういえば今川との取り引きが増えてるようだな」
「はい。鉄砲と玉薬は売ってませんけどね。絹織物に木綿布や干し椎茸に蜂蜜と蜂蜜酒など、本当によく売れてますよ。最初なので少し安くはしてますけど」
「早くも今川に食らいついたか」
「向こうから掛かったと言うべきかと思います。堺や伊勢から買うよりは、確実に安いですから。今のところ織田家と今川家の双方に利があります」
「せいぜい食い込むがいい。今川の銭で今川と戦えるなら悪くない」
「銭と物の流れの本当の怖さを、今川は恐らく知りませんから。しかし問題なのは三河が思った以上に厄介で、面倒なことでしょうか」
「三河か。やはり当面は現状維持だな。先に尾張を纏めるべきであろう。清洲が手に入ればまた変わる」
「清洲は何年もしないうちに、力の差で暴発するか崩壊しますよ。誇り高い人達のようですから、こちらが富めば富むほど妬み、じっとしてられなくなります」
「一応主家なので捨て置いたが、そろそろけりを着ける頃かもしれぬな」
津島と熱田を通して織田家主導の経済圏は、伊勢から駿府まで広がってる。
その事実に信秀は満足げだけど、三河は本当どうしようもないんだよね。
撤退したら間違いなく今川が支配するだろうし、史実の桶狭間のように尾張まで攻めてくるだろう。
もう桶狭間が起きるか分からない以上は、緩衝地帯にするのが無難なんだよね。
信秀もやっと清洲を潰す気になってきたみたい。
尾張の下四郡は早めに統一したいね。本当。




