津島の会談の後で
「かず。少し迂闊だ」
「すいません。まさかあんな返しをされるとは。油売りをしていたと聞いたので、どんな反応をするかなと」
「親父が苦戦する相手だけのことはあるか」
結局道三はお茶を一杯飲むと津島の町に消えて行った。
だがお互いに知りたいことの一部は、知ることが出来たとは思う。
「しかし弱点も見えましたかね。多分山城守様には、人が着いていってませんよ」
「確かに美濃国内は、纏まってるとは言いがたいですな。織田家との同盟も、山城守殿としては美濃国内の統治の為の同盟かと」
道三の去った大橋家にて道三の印象を話してみたけど、オレとすれば同行した家臣の態度から、あまり道三は理解されてないことがわかった。
史実においても正徳寺の会見で道三の側近が信長をうつけだと言ったと言われ道三が信長を見抜いたと言われるけど、あれも裏を返せば道三が側近に理解されてないとも受け取れる。
実際元守護の土岐家に心寄せる家臣は居るのだろうし、成り上がり者の道三がどう見られてるかなんとなく見えてた。
流石に平手政秀は美濃の問題を理解していたみたいだけど。
「それは失策かもしれません」
「エル殿。それはどういう意味で?」
「戦が無くなれば成り上がった山城守様は、果たして美濃の人々に求められるでしょうか? もし今まで国を盗るために攻めていた山城守様が国主となり守りに入ったのならば……」
「蝮が蝮で無くなれば、今度は食われるか」
「あくまでも推測です。年齢的にも立場的にも、守りに入ってもおかしくありませんので」
ただ茶席には同席してなかったエルは、オレ達の話を聞いて道三は守りに入ったのではと推測していた。
平手政秀はその真意に驚くが、信長はどこか納得してるようにも見える。
本当に道三に関してはよく分かってない。
しかし歴史的に見たら、道三は今が絶頂期かもしれないんだよね。
数年で美濃国内を纏め息子の義龍に家督を譲るが、それが本人の意思なのかどうかすら定かではない。
不仲であったと言われる息子に譲るかが疑問もあり、史実では道三は義龍ではなく別の息子に家督を譲ろうとしていたともいわれてるしね。
最後は息子に攻められ、娘婿の信長が助けに行くという少し奇妙な終わり方だった。
しかし困ったね。
道三の国譲り状がないと美濃攻めの大義名分が立たない。
向こうは信長やオレ達をどう見たのだろうか?
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side・斎藤道三
「おお、あれが噂の南蛮船か!」
暢気な家臣達じゃの。
婿殿は本当にうつけであったと笑い、港の南蛮船を見て物珍しげに見るだけの家臣達にため息が出そうになるわい。
あれがうつけだと?
たかが服装くらいで相手の何が分かるというのだ。
美濃ばかりではなく、尾張の者も愚か者ばかりということか。
信秀の苦労が分かるの。
「変わった形ですな。殿」
「しかし大きいと聞いた割に、大したことありませぬな」
大したことがないだと?
愚か者よの。あれだけ大きく複雑な帆の船を操り、海に出る難しさを考えられぬのか。
津島の賑わいを生み出しておる、あの船の恐ろしさを何故考えられぬのだ。
「久遠一馬か」
「あの男も噂通りでしたな」
やはり家臣達には理解出来ぬか。
いや光秀だけは無言だ。こやつだけは理解していよう。
婿殿と久遠一馬のことを。
下餞の者と陰口を叩かれることを、自ら笑って話したあの男の恐ろしさを。
そしてそれを理解しておった婿殿の恐ろしさを。
ワシには分かる。
あの男は守護も守護代も武士でさえ、価値を見出だしてないのだ。
あの二人は南蛮船で世界に繋がる海より、莫大な銭とこの国にはない知識と技を手に入れ、新たな価値と秩序を作り出すのであろう。
我が子達では勝てぬ。
いや武士では勝てぬのやもしれぬ。
ワシがあと三十年いや二十年若ければ……。
やはり帰蝶は婿殿にやらねばならん。
義龍では婿殿に頭は下げれまい。
口惜しいが、これも運命やも知れんな。
ワシには共に先を見てくれる者はいなかった。




