父と子
今回は三人称になります
「親父。入るぞ」
津島を後にした信長はそのままの足で末森城に居る父信秀を尋ねていた。
父子とはいえ相変わらず礼儀も何もなく突然現れた信長に末森の重臣達は眉を潜めたが信長が気にするはずもなく信秀の部屋へと入る。
「どうした?」
「少しやりたいことがある。許可をくれ」
世間ばかりか家臣にまでうつけと陰口を叩く者が居る信長を嫡男として後継者にしている信秀は、信長の数少ない理解者でありただのうつけでないことを当然理解している。
それ故に息子の顔を見た信秀はただ顔を見せに来た訳ではないと悟り人払いをすると二人だけで話す場を設けた。
「何をする気だ?」
「銭を稼ぐ。その為に銅を集めたい。上手く行けば親父にも分けてやる」
「いいだろう。だがうつけはうつけらしくしていろ。お前が動くにはまだ早い。やりたいことは平手にやらせろ。失敗しても構わん」
親子二人だけの会話は簡潔であり細かく聞くことも話すこともなかったが、二人はいつもこの調子でありそれでいて互いを理解していた。
「噂の南蛮人連れは面白いか?」
「ああ。面白い。今度会わせてやる」
「あの砂糖羊羹を食べて分かった。残念ながらワシのやり方では尾張一国にも届かんだろうと。遥か南蛮の人間が尾張に住み着きあれほどの砂糖羊羹を作る時代に、裏切り裏切られながら城を一つ奪うか奪われるかと何年もかけてやっても意味などないとな」
「親父……」
「蝮も今川も同じであろうよ。お前はその先を見よ。よいな」
信長は津島に住み着いた奇妙な男の家に行く度に南蛮人の奥方が作る羊羹を土産として持ち帰り、父や弟や妹達に何度か土産として持ってきていた。
重臣はうつけが銭を無駄に使って遊び呆けてると陰口を叩き弟の信行も似たような考えを抱いているようだったが、信秀はその先を理解して自らの限界を悟ってしまったらしい。
奇しくも近年の美濃攻め以降信秀の状況は悪くなっており年齢的にも先ぎ見えてしまったようだった。
信長はいつになく弱気な父に不安を抱きつつも現状で父にしてやれることなど多くはない。
戦に勝ち領地を広げたところで尾張国内にすら敵はまだ居るのだ。
父のやり方でダメなのは信長自身も感じていた。
そして信長はその鍵を奇妙な男とその奥方に見出だしていた。