結末とその後
前回の投稿に信長公記の記載を追加しました。
よろしければそちらもどうぞ。
「たわけめ」
真相は残りの二人が全て話した。
津島と熱田が露骨に信長にすり寄るのを見て、信行派は苛立ちと焦りを感じていたらしい。
やはり織田弾正忠家の力の源泉は津島と熱田なのだ。
このままでは信長の地位が確立してしまい、自分達だけが割りを食うのではと考えた末の行動らしいね。
信行自身は関与に関しては、二人は知らないと言ってはっきりしない
ただ信行付きの家老である林通具と津々木蔵人の二人が中心となり、 オレを脅して信長から離反させて銭を巻き上げる算段だった模様。
所詮は商人なのだから脅せば屈すると、甘く考えていたようだった。
「それにしても見事な腕前ですな」
「南蛮から遥々来たのだ。ただの商人や女と甘く見るなど、たわけとしか言いようがないわ。ジュリアは槍でも犬より出来るぞ」
津々木蔵人の遺体は末森まで運ぶらしく片付けられたが、火縄銃で撃ち砕かれた刀を見て柴田勝家が驚いてる。
信長はどうやらエル達が、津々木蔵人を狙っていたのを気付いていたみたいだね。
「この人にも贈り物を、したはずなんですけどね」
「かず。人の欲とはそんなもんだ。オレがオマエの銭で遊んでると聞いて、面白くなかったのであろう」
正直あまりに早い信行派の暴発には驚かされた。
オレ自身は細かくは知らないが、エルが信行派にもちゃんと贈り物を手配して送ったはずだったんだから。
ただ今思えばそれが余計に面白くなかったのかもしれない。
「すまぬな。せっかくの畳を汚してしまった」
「構いませんよ。畳はまた入れればいいだけです。殿が居らねば面倒なことになっておりました」
「今が太平の世ならば、信行でも良かったのだ。だがこの荒れた世では信行では無理だ。今回の事でそれがはっきりした」
一方信秀は複雑そうだった。
決して信行を疎んでる訳ではないのだろうが、今回の事で信行が主犯かどうかは別にして、信行では織田弾正家は良くて現状維持しか未来がないのは明らかになったな。
正直オレは津々木蔵人が、ちょっと銭をたかりに来ただけだと思っていた。
大人しく小遣い程度の銭をたかりに来ただけならば、信秀もここまでしなかっただろう。
まさか信秀が信行を後継ぎになどと軽々しく嘘を付くとは、誰も想像しなかったはずだ。
舐められたんだよね。オレが。
相手が武士ならば津々木蔵人も、ここまで軽はずみで愚かな事はしなかったであろう。
だだ結果的に信行が、家臣を抑えられなかったのは確かになった。
大人しく信長に従い力を付けて史実のように機会を待てば、まだ可能性は多少はあったのかもしれないのに。
「信行様は出家ですか」
「小姓が親父を狙ったのだ。当然だ。下手に末森に置くと寝首をかかれるかもしれんしな」
翌日林通具と津々木蔵人と共にいた二名は切腹して果てた。
これに関連して兄で信長の筆頭家老の林秀貞は、連座の罪で信長の家老から外されて林家の所領は大幅に減らされた。
元々信長と林秀貞は合わない部分があり、信秀はそれを考慮して新たな筆頭家老として平手政秀が繰り上がった。
粗銅の秘密や貿易関連の話は林秀貞には知らせてないし、はっきり言えば平手政秀は林秀貞の扱いに困っても居たんだよね。
信秀としても平手政秀が信長と上手くやってる以上は、不要だと判断したのだろう。
ちなみに林家の所領は信長と今回手柄を得た勝家で分けられた。
実は信秀からはオレにも所領をとの話が一応あったが、断ったので多分それが信長に渡ったようだ。
「土田御前様は良く納得されましたね?」
「実際信行の関与はなかったかもしれんが、知らないでは済まされぬからな。それに林を煽ったのは、母上だとの噂もあるからな。命の嘆願が精一杯だったのであろう」
懸案だった信長と信行の母の土田御前は、信行の命の嘆願で精一杯だったのか。
史実でも信行の謀叛は母の土田御前が原因の一つかもしれないとの憶測があったけど、この世界でも林通具を煽ったのは彼女だとの噂があるらしい。
「去年に市が産まれたばかりだからな。流石に親父も母上のことは追求しなかったらしい。信行には親父がかなり怒ったらしいがな。相手の力量も読めんうつけがとな」
「浅はかではありましたね。自ら当主をと考えるなら尚更」
今回の件は信行の世間知らずさが露見した一件だった。
品行方正で理想的な武士と言えば聞こえはいいが、信行は信長と違い箱入り息子のようで、領民や商人のことをあまり理解してなかったようだ。
これが今川や齊藤ならば今頃織田家は割れていたかもしれないと思うと、信秀の怒りも分からなくはない。
信行の不幸は他の織田家一族と違い、後継者の可能性があったことだろう。
他の一族の謀叛のように今後にあまり影響がないなら許したかもしれないが、信秀は御家騒動を嫌い出家させたようだった。
ただ信行もまだ十二才の子供なんだよね。
周りがみんな次の当主にと担げば乗らない方がおかしい。
多分主犯は林通具と津々木蔵人だろう。
土田御前が関与してるのかしてないのかは、偵察機を張り付けてないのでオレ達にも分からない。
ただ今の段階で具体的に関わっていたとみるのは、少し早計な気がする。
口では文句を言っていたかもしれないが。
「しかし、本当に良いのか?」
「はい。こういう言い方はよくないのでしょうが、まだ元服前の子供です。少し外に出して見るのはどうかと思いまして」
数日後、信行の行く先が高野山か尾張国内の寺かで信秀と土田御前が揉めてると聞いたオレとエルは、一計を案じて家の船でしばらく尾張の外を見せてはどうかと信長に進言していた。
すると信長は少し悩んだ末に信秀に一応進言したらしく、即日オレは信長と共に末森城に呼ばれて信秀と土田御前の前で詳しく説明させられている。
「危険はないのかえ?」
「末森に居るよりは遥かに危険でしょう。しかし何処に居ようと死ぬ時は死にます。ですが時が立てば会えるでしょうし、殿と若様次第では再起の可能性も」
余計なお世話かと思ったが、やはり信行はまだ十二の子供なんだよね。
一発アウトで生涯寺暮らしは流石に可哀想だ。
気の強そうな三十代半ばくらいの土田御前は迷っている。
彼女からすると尾張国内の寺に預けるのが、いつでも会えるしベストなのだろう。
ただ尾張国内に置けば、また担ごうとする者は現れるだろうね。
信秀もそれを嫌い高野山が一番だと判断したのだろうし、土田御前も理解してるみたい。
いくら信長を疎み信行を可愛がるとはいえ、何処かの人みたいに息子に毒を盛った程じゃないしね。
「よかろう。出家させた後に一馬に預けるものとする。信長の下というのも悪くない。兄弟で殺し合うなどさせたくないからな」
最終的に信秀は信行をオレに預ける決断をした。
危険なのが土田御前は心配らしいが、高野山に送られば二度と会えないからね。
双方妥協の結果なのだろう。




