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歴史からの乖離

 信秀はそのまま熊のようなむさいお供の、柴田勝家にも大筒を試しにと撃たせていた。


 反動が結構キツくて驚いていたけど、何度か撃ってると慣れてきたのかそれなりに使えてる。


 というか大福食べてむせたの勝家だったのか。


 エルがお代わり勧めたら大福五つも食べてたよ。


 信長公記に書いといてくれないかな?


 柴田勝家。大福でむせて五つも食べたって。


「殿。津々木蔵人と申す者が殿に会わせろと参っておりますが」


「どちら様でしたっけ?」


「信行の小姓だな」


 火薬の匂いがする中、信長と信秀は大筒を撃たせて眺めていたんだけど、ここでまた知らない人が家に来た。


 信長は知ってる人で信行の小姓らしい?


 一益が少し不愉快そうな表情をしてるから、好意的な感じじゃないんだろう。


「かず。オレと親父達は隠れてるから、居ないことにして話を聞き出せ。面白くなりそうだ」


「いいんですか?」


「構わん。権六隠れるぞ」


 用件はだいたい想像が付くけど、また信長の悪い癖が。


 信秀まで面白がって隠れるし。


 まあ聞き出すくらいならいいけどさ。


 また歴史変わらないかね?




「初めまして。津々木殿。本日のご用件は?」


 津々木蔵人は線の細い神経質そうな男だ。


 オレは応接間として使ってる部屋にて、上座に座って待ち受けた。


  一益いわく相手の立場次第では上座を譲るべきなんだそうが、相手は信行の小姓でありオレは信長の小姓。


 対等以上に接しないと信長の立場を軽んじたことになるとかで、言葉遣いとかも丁寧にならないようにと注意された。


 たまに一益に敬語使っちゃうんだよね。


「随分立派なところに住んでますな。成り上がり者の分際で。畳まで入れて何様のつもりか」


 現れたのは津々木蔵人と思われる人物と知らん人二人。


 いきなり喧嘩売られたんだが。


 隣の部屋に隠れた信長笑ってるだろうな。


「そのお言葉。そのまま若様と殿にお伝えすれば宜しいので?」


「貴様! 今すぐ叩き斬るぞ! あのうつけは騙せても、信行様は騙せんからな!」


 何か金をたかりに来たチンピラにしか見えんのだが。


 一益がキレそうだ。


「何をおっしゃりたいので? 騙されるも騙されないも若様の自由でしょう。だいたい私は若様の家臣です。貴方の言葉は若様への侮辱と受けとりますが?」


「クククッ。うつけの家臣はうつけだな。あのうつけが、いつまでも嫡男でいると思うのか? 殿は内々に信行様を本当の後継ぎにとおっしゃっておられる。そうなれば貴様など織田家を騙した罪人として、首をはねられるのだぞ!」


「はあ」


「だが信行様は心の広い御方だ。貴様の所業赦してやると仰せだ。その代わり信行様への忠誠の証として、金二千貫と念書を差し出せ」


 やばい。


 笑いが堪え切れなくなってきた。


 目的は信長の影響力を落としたいのか?


 それとも金をたかりに来たのか?


「そこまでおっしゃるなら、当然信行様と貴方の念書をお持ちなのでしょうね」


「下郎が! 貴様ごときにそのような物は不要だ! 叩き斬ってくれる!」


 あーあ。とうとう刀抜いちゃったよ。


 寝返らせるなら、念書の一枚や二枚用意しとけよな。


 証拠を残したくないんだろうけどさ。


 津々木蔵人と他二名はヤクザ物の映画のように凄んでオレに刀を突き付けてるけど、身体能力が違うから怖くはないんだよね。


 彼らの後ろの一益もいつでも斬れるように刀に手を掛けてオレを見てる。


 一触即発なんだけど信長と信秀どうするんだろ?




「なるほど。ワシは信行に家督を譲るのか。 権六、ワシはいつそのようなことを言ったか覚えておるか?」


「某は聞き覚えがありませぬな」


 一益と二人どうしようかと顔を見合わせていて、実は庭からはエルとジュリアとケティが隠れながら火縄銃で三人を狙ってる。


 津々木蔵人が動けば、一益とエル達は動くだろう。


 そんな僅かばかりの膠着を壊したのは、信長や勝家達を引き連れた信秀だった。


 やっと出てきたよ。


「……殿。何故……」


「ワシがここに居たらおかしいか? 蔵人」


 津々木蔵人はすぐに刀を捨てて土下座したけど、信長も信秀も笑ってない。


「蔵人。全て話せ。誰の差し金だ? 言わねば貴様の一族根切りにするぞ」


 信秀はオレが知る信秀ではなく、尾張の虎そのものだった。


 見てるだけで震えが出そうな迫力は津々木蔵人の比ではない。


「それは……それは……!!」


 津々木蔵人は震えていた。


 殺される。もう未来がないという絶望しか津々木蔵人には無かったのだろう。


 その瞬間。


 津々木蔵人は捨てたはずの刀を手に取り、信秀に斬りかかろうとしたが。


 火縄銃の銃声が鳴り響くと、津々木蔵人の刀が根本から撃ち抜かれて破壊された。


 そして柴田勝家が信秀を守るように、一刀両断して斬り捨てて終わる。


 津々木蔵人が連れてきた残りの二名は、あまりの事態に呆然と見るばかりで奇妙な静けさが家を包んでいた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 信長公記にはこの日の一件についても記されていた。


 織田信秀が柴田勝家を伴い久遠家を訪れていた最中に、津々木蔵人が久遠一馬に信長への裏切りと矢銭を要求したとある。


 その時の態度は滝川一益が、生涯であれほど我慢したことはないと後に言わしめるほどだったという。


 津々木蔵人は信秀に事が露見すると命を狙ったが、久遠一馬の奥方ジュリアの方の鉄砲にて刀を撃ち抜かれ柴田勝家に切り捨てられたとある。


 この一件は真相が不明な点が多く、誰が黒幕かも歴史の謎として残り様々な説が後に生まれることになる。


 久遠一馬は津々木蔵人に刀を突き付けられても毅然とした態度だったと滝川一益が証言していて、あまりに馬鹿な行動に笑いを堪えていた事実は歴史には残されておらず、後世において久遠一馬と今回の件が美化される原因になる。


 命を恐れず信長に忠義を尽くしたと、斬れるものならば斬れと言ったと、後世の創作で全く別の事実として受け取られる。


 ちなみに柴田勝家が砂糖大福でむせた話や五個も食べた逸話は残念ながら伝わっておらず、後に『権六を黙らせるには砂糖大福があればいい』と信長が語ったと言われるほど何故か大福好きだとの逸話は残されることになる。




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