一益の旅
今回は三人称になります
「とうとう尾張まで来てしまったな」
六角家の陪臣の一族だった滝川一益が浪人になったのは、表向きはバクチを非難されてだ。
しかし実情は優秀さを見せ始めていた一益が、他の一族や陪臣に妬まれただけである。
名門の六角家の傘下の陪臣では出世の見込みもなく、妬まれる生活に嫌気が差しただけだった。
尾張の津島に来たのも特に理由はなく、あちこちツテを頼り伊勢志摩などを放浪した末に、津島の知人を尋ねて来ただけになる。
「あれは南蛮船か!」
「おうよ! 末森の殿様が呼んだって話だぜ!」
津島に来てしばらくは用心棒などで日銭を稼いでいたが、そんな折りに一益は津島を騒がせる南蛮船を目にした。
いつの間にか津島ばかりか、尾張や伊勢からも商人や見物人が訪れる程で、津島は今までにない程賑わっている。
噂の南蛮船の持ち主は津島の商人と熱田の商人としか取引しておらず、津島や熱田には南蛮船から仕入れた商品を欲する他国の商人が集まっていた。
人が集まれば銭が使われ、それが津島をより賑やかにするという現場に遭遇した一益は、噂の南蛮船の持ち主に興味を抱く。
まだ若い男ながら南蛮の女を連れた大商人で、末森城の織田信秀に仕えたと津島では知らぬ者は居ない。
ただ少し調べればその人物が、信秀の嫡男である信長と仕官する前から会っていた事も分かることだった。
甲賀出身で忍術に心得のある一益は、情報の大切さを知っていて、そのまま噂の南蛮船の持ち主のことを自ら調べていく。
「あれが噂の……」
尾張には二つの全く異なる噂があった。
一つは大うつけの若様と言われる信長。
一つは領民に優しく気さくな若様だと言われる信長。
そして南蛮船の持ち主に関しても、金に汚く卑しい身分の者だという噂と、若いのにやり手の商人だとの噂があった。
一益はある日港の南蛮船に乗り込む為に小舟に乗る、信長と南蛮船の持ち主や南蛮人の女を見かける。
確かに信長は武家の嫡男とは思えぬ格好だが、それよりも一益は信長の鍛えられた身体に気付いた。
あれが本当にうつけかと疑問を感じる一益であるが、その瞬間に突然南蛮船から響いた、雷のような轟音に津島の港は騒然とする。
人々は騒然とするものの、火縄銃に精通していて以前に堺で一度だけ南蛮船を見た一益は、それが大砲の音ではと気付く。
「すごい」
一益は思った。
何処もみんな生きるのに精一杯で、戦ばかりしている世の中が変わるのかもしれないと。
津島の賑わいを生み出し、雷のような轟音を響かせた南蛮船が、世の中を変えるのかもしれないと思った。
一益は久遠一馬という人物と彼といつも共にいる織田信長という人物に、他では見られない希望を見いだしていた。
その後一益は久遠家ではまだ武士を召し抱えてないと知り、自ら久遠家の門を叩いた。
最初は小者でも下働きでも構わないと意気込んで行った一益は、想像を絶する世界を知ることになる。
後に一介の陪臣でありながら織田家に滝川ありと讃えられ、その旗を見ただけで敵軍が崩壊したと逸話が残る滝川一益の最初の一歩だった。




