駿河と美濃
今回は三人称になります
「雪斎どう思う?」
「噂のうつけ殿のことはともかく、南蛮船が津島に出入りしているのは事実。信秀は今頃高笑いしてるかもしれませぬな」
この頃駿府城では今川義元が、後に軍師とも言われる太原雪斎と話をしていた。
「美濃で敗れ三河で敗れて、縮こまっているかと思えば食えぬ男だ」
「殿。信秀を侮ってはなりませぬぞ」
「分かっておるわ」
つい数ヵ月前には雪斎自ら出陣して織田に大勝した第二次小豆坂の戦いがあったが、僅かな期間で新たな資金源を手に入れたことに義元は面白くなかった。
元々津島と熱田の資金がいかに大きいか当然二人も理解していて、三河の敗北による信秀の勢力の減退を期待していた二人に冷や水を浴びせた形になっている。
三河は確かに今川が優勢だが、義元が本当に欲しいのは津島なのだ。
そもそも那古屋は今川類縁の城で信秀にとられたこともあり義元としては余計に面白くない。
「流石は信秀。いいところに目を付けましたな。東国に南蛮船が来たという話は聞きません。影響は計り知れないかと思われます」
「南蛮のおなごか。会ってみたいものよの」
「殿」
「分かっておるわ。それにしても信秀は南蛮船の持ち主を召し抱えておきながら、何故うつけ殿に付けたのだ?」
「あそこには腹心の平手がおります。貿易に差し障りはないのかと。うつけ殿に関しては本当にうつけか、はたまたそうではないのか。どちらにしても信秀はうつけ殿を後継者に据えるということでしょう」
「引き抜けぬか?」
「分かりませぬ。されどダメで元々」
この当時近畿は日本の中心地であり、尾張や駿河遠江は田舎のような扱いだった。
とはいえ幕府が権力争いをするのの影響をあまり受けぬ東海地方が力を蓄えていたのも事実で、今川は義元と雪斎により全盛期と言っていい。
まあ厳密に言えば近隣には、武田や北条が居てそう単純に言える話ではないが。
南蛮の女を連れた妙な男が信秀に召し抱えられたと聞いた義元は南蛮の女に興味を示し、あわよくば南蛮船の持ち主を今川に寝返らせられないかと思案していく。
成り上がり者の信秀などより自分に仕えるべきだと義元は割と本気で考えていたし、実際義元は信秀は元より織田家を下賎な者と見下してもいる。
とはいえそう考えるのは義元が特別な訳ではなく、この時代では生まれの身分で考えるのは普通であった。
「南蛮船か。信秀め。戦ではなく銭に切り替えたか」
「しかし、その南蛮人連れの久遠一馬とは何者でしょう?」
「さあの。案外油売りの息子かもしれんの」
時を同じくして美濃の稲葉山城では斉藤道三。まあこの時はまだ名前が違うのだが、道三が義元と同じ話をしていた。
「またお戯れを」
「信秀も氏素性などに拘って滅びたくはないのであろう」
道三は噂の南蛮船の持ち主を、かつて自身がしていた油売りの息子と評すると家臣は冗談だと思ったのか笑う。
ただ道三は何者かが重要ではなく、何をするかが重要なのだと家臣を説き伏せる。
「海がないのはこういう時に辛いの」
「しかし南蛮船を手に入れたとて、それほど変わるので?」
「たわけが。信秀の強さの源泉は銭だ。それが力を増すのだ。下手な領地を手に入れて、戦ばかりするよりよほど怖いわ」
「ですが久遠とやらは、うつけ殿と遊び惚けてると噂ですぞ」
「うつけが放蕩してるとか?」
「はい。いい金蔓が手に入ったと」
「出来すぎな気もするが、うつけの息子可愛さに人を配して補う気か? それとも……」
久遠一馬は一体織田家で何をするのか。
そしてうつけ殿と言われる信長と何故一緒なのか。
道三は一人思案する。
信長と一馬が放蕩してる噂はすでに美濃まで届いており、美濃の者は一馬を卑しい身分であり、金で取り入ったと囁いてる者までいる。
実際一馬と信長が高価な砂糖羊羮を、あちこちに土産としてばら蒔いていたことも放蕩の根拠とされた。
ただ道三は本当にその通りなのか疑問を感じている。
商いの厳しさは誰よりも知っているのだ。
「会ってみたいの。うつけ殿と南蛮人連れに」
この国で南蛮船で商いをしてるなど聞いたことがない道三は、本当に何者なのか見てみたいと思う。
道三自身も卑しい身分の者がと、今でも陰口を叩かれる故に興味を抱く。
「織田からの縁談。まさかお受けになるおつもりか?」
「うむ。それも悪くないの」
ちょうど道三は平手政秀が織田と斉藤の和睦として、道三の娘を嫁にと言ってきていて道三はこれをやはり好機だと見た。
歴史の歯車は静かに回り始めている。




