虎の思惑
今回は三人称になります
「これを造ったのか?」
「はい。そのようで。新しく見せぬように苦労したとは申しておりました」
「銅から金銀を取りだし余った分で銭を造る。恐ろしいな」
季節は初夏になろうとする頃になると、信秀の元に平手政秀により一馬達が鋳造した、宋銭と明銭の第一陣がもたらされていた
適度に使った感じのある銭に、信秀は驚きを隠せないでいた。
理屈は理解するし銭の私造は別に珍しくもなく、他でも私造している勢力があるのは信秀は知っている。
しかし実際にやってみて、これほど利益が出るとは正直思わなかったというのが本音だろう。
「量を増やせば、まだまだ造れるそうです。生糸の件も津島と熱田の商人は目の色を変えてます。これで堺に大きな顔をされないで済むかもと」
「城など欲しがらぬ訳だ。これほどの利があればチマチマと戦をするのが馬鹿らしくなる。やはり美濃とは和睦せねばなるまいな」
「某もその方がよいかと」
この頃信秀は数年前に攻め込み、大敗した美濃の斉藤家と和睦する手筈として平手政秀が動いていた。
信長の正妻として斉藤道三の娘を貰うことで話が進んでいる最中だった。
現在三河の安祥城には信長の兄である織田信広を置いているが、三月には第二次小豆坂の戦いで負けていて、今年には犬山城の織田信清と楽田城の織田寛貞が謀反を起こしたりと勢力に陰りが見えている。
「問題は一馬だな」
「若とは気が合うようで、一馬殿が来てからと言うもの変わりました」
「あれは奥方が多いと聞くが?」
「はっ。仕事も細かいところは奥方に任せてるようです」
「本来ならば縁組みをしたいが、下手な女を送れば要らぬ波風が立つか」
「殿。一馬殿のことは若にお任せした方がよいかと」
一馬の銭は大半が那古屋に送られる予定だが、使いきれないほどとなり信秀は、平手政秀を通してエルから提言された津島の拡張を決断している。
ただここで信秀を悩ませたのは、一馬が何を考えてるか今一つ理解出来ないことだ。
うつけではないがカブキ者というか、一種の変人だと信秀には見えて仕方ない。
「あれを御せぬならば、信長もそれまでということか」
普通に考えると信秀の娘を嫁に出して血縁を持ちたいところなのだが、信長の次に一馬達を知る平手政秀から見れば、それは望まぬ波風が立つのではと考えている。
平手政秀にも理解は出来ぬが、信長が理解してることは知っているので任せるのが最適だと進言した。
「津島の拡張について意見を聞いておけ」
「はっ」
今一つ不安は無くならぬが現状で上手く行ってるうちは様子を見ることにした信秀は、平手政秀を通して津島の拡張に対する意見を一馬達に求めることにして、いずれは堺に対抗出来る町になればと密かに期待していた。
「それとそろそろ他が気付く頃だ。一馬と奥方の身辺には気を付けろ」
ただ実際にはそう楽な事ばかりではなく、金のなる木を手に入れたと知られたら、あちこちから要らぬちょっかいを出されるのが目に見えていた。
おかげで付け入る隙をあたえぬようにと、いろいろ気を付けねばならなくなり始めていた。
特に今川と斉藤は織田の動きを探ってないはずはなく、南蛮船の話もすでに知られてると見ている。
実は信秀の元には一馬の奥方がふらふらと一人で町を出歩いているとの噂が聞こえていて、危ないから人を付けろと平手政秀は数日前に叱られたばかりであった。
南蛮人の奥方に対して無理に家に居ろとまでは言わないが、せめて人を付けなければ信秀の気が休まらなかった。




