若と爺とラーメンと
「若。まだ起きておいでか」
「ちょうど良いところに来たな。爺。付き合え」
夜も更けた那古屋城では信長が自室にて一人でワインを飲んでいた。
この時代の酒であるどぶろくは好まぬ信長だが甘党なのか甘口のワインは好み、献上された品のうち半数を家臣に下賜していたが、残る半分は未だに那古屋城にあり信長がちびちびと飲んでいる。
この日平手政秀は遅くまで起きていた信長に声をかけると、信長は彼を酒に誘う。
「爺。かずの南蛮船に乗ったが凄かった。大砲も撃たせた。あれが世に広がれば戦は変わる。この城の城門など吹き飛ばされてしまうぞ」
「若は戦を変えたいので?」
「ああ。変えたい。親父や蝮ですら半生を賭けても一国届くか届かないかだ。今のままの戦では戦は無くならぬ」
信長は酒が入ると少し饒舌になる。
特に平手政秀に対しては実の父よりずっとに共に居るため、日頃の行いとは裏腹に誰よりも信頼を置いて頼りにしてる部分があった。
その為に平手政秀には特に饒舌になる傾向にある。
「戦のない世でございますか。戦を無くす為に戦をする。難しゅうございますな」
ただこの時平手政秀は初めて信長の本心の一端を聞いて驚いていた。
誰もが好き好んで戦う訳ではないが、戦がない世など考えられないのが普通なのだ。
ある意味信長の武士らしい夢に平手政秀は心から嬉しく思う。
「爺。ラーメンとやらは美味かったな」
「誠に」
「あれを城下で食えるように出来ぬか?」
「城下ででございますか?」
「かずがまだ津島に居た頃にちらりと言うてたわ。人は貧しいから争うのだとな。砂糖羊羮は無理でもラーメンならば出来るのではないか?」
「一馬殿の奥方に任せるおつもりで?」
「いや、商人でも使えばよかろう。あの者達は忙しいようだしな。まあ、何かが大きく変わるとは思わんが」
「よきお考えに思いまする。確かに飢えねば戦の大半は無くなりましょう。店ならば失敗したとて、かかる銭も限られておりますればやってみる価値はあるかと思いまする」
「爺。済まぬが生糸のついでに任せてよいか?」
「はい。お任せを」
一日二食が普通のこの時代で夜更けに酒を飲んでいた信長は突然ラーメンの話をすると、城下で食べれる店でも出せないかと言い出し平手政秀と話を進める。
ちょっと飲んで小腹が空いただけかもしれないが、信長は信長なりに城下の民があれを食べれるようになれば、何かが変わるかもしれないと少し期待していた。
平手政秀の方もこの件はさほど騒がれる問題ではないだろうし、何より信長が民のことを考えてることに嬉しく感じでラーメン屋を出すべく久遠家と話をすることにした。
決して自分達が気軽にラーメンを食べたい訳ではないだろう。
流石の信長も貿易を取り仕切るエルや医者のケティに、ラーメンを作れと毎日押し掛けるのは、気が引けていたというのも無くもないが。
ただこの時信長と平手政秀は思いもしなかっただろう。
二人で酒を飲みながら思い付いたラーメン屋の構想が、日本で初めてのラーメン屋を出させる事となることに。
後の世までこの事実がしっかりと残り、平手政秀はラーメンの神様とまで崇められる事実を二人が知ることはなかった。




