平手政秀ラーメンを食べる
今回は三人称になります
「一馬殿はおいでかな」
「申し訳ありません平手様。若様と何処かへ出掛けたようでして。私でよろしければ伺いますが」
信秀との対面から数日が過ぎた頃、久遠家に平手政秀が訪ねて来ていた。
あいにく一馬は信長のお供で出掛けていて応対したのはエルであった。
「殿が津島に商いの屋敷と蔵を作ってはどうかと言っておってな。これから粗銅や生糸も扱うならば津島に蔵がなくては困るだろうと申してな」
南蛮女性の奥方という日本でここにしか居ない女性に平手政秀は珍しく緊張気味だが、彼は信長より一馬が居ないならばエルに話せばよいと言われていたのでとりあえず用件だけは伝えることにする。
「それは有りがたいお話です。是非お願い致します」
「そうか。物が物だけに下手な場所には置けぬし人を置かねば盗まれでもしたら困るからのう」
「はい。生糸は売り始めたら必ず注目されます。隙を見せる訳にはいきません」
本当に話が通じるのか少し不安な平手政秀であったが、ある意味信長と同じく何を考えているか理解に苦しむ一馬よりも話が通じるとすぐに理解した。
「津島と熱田の商人は乗り気じゃ。しかし良いのか? その方たちの利が減るだけだと思うが」
「若様の為には津島と熱田は是非今から味方にしておかねばなりません。それに私どもばかりが儲ければ必ず恨みを買います。特に今まで貿易をしていた堺の商人などは面白くないでしょう」
「なるほど。確かに我らがあちこちに絹や生糸を売れば、堺の商人は面白くないであろう。ならばこちらは津島と熱田の商人を巻き込むか」
「はい。粗銅と絹に生糸。それと木綿もあまり目立たぬように少量ずつ売りたいと思っております。」
「莫大な利益になるが問題は使い道じゃな。あまり派手に人を集める訳にもいかぬ。殿は若をうつけのままにしたいらしくてのう。まさかこの年で銭の使い道に悩むとは」
「幾つか私どもに考えがあります。一つは津島を拡張する。もう一つは木曽川の流れを一部変えて堤を築くことです。どちらも銭は掛かりますが長い目で見れば必要です」
平手政秀とエルはいつの間にか互いの考えを明かして具体的な認識や今後の方針を話し合うことになる。
信長の天下への道にはまだまだやるべきことがあるが、それを一番理解しているのは実はエルであった。
織田弾正家の力の源泉たる津島の拡張は今後エルが考える計画には必要不可欠であるし、木曽川の堤を築くことも長い月日がかかる上にお金もかかるが経済的な観点から見ると織田家と久遠家だけが溜め込むよりは地元の領民に金をばら蒔くには必要なことだった。
「殿にはワシから話しておこう。どちらも必要じゃが人も銭も有限じゃからのう」
「はい。よろしくお願い致します」
「お昼作った。平手様もどうぞ」
話し込んでいるうちにいつの間にかお昼の時間になっていた。
この時代は基本的に朝と昼過ぎの二食であるが、当然ながら久遠家では三食なのでお昼はこの時代にしては少し早いくらいの時間になる。
平手政秀は信長達が美味い美味いと騒ぐ久遠家の食事に少し期待しつつ、誘われるままにケティの作った昼食を頂くことにした。
「これは何でござるかな?」
「えーと、明の汁そばと餃子というおかずを私達なりに再現した物になります」
「ほう! 明の料理とは!」
平手政秀の為に用意されたのは、どう見てもラーメンと餃子と白米のご飯のいわゆるラーメン定食だった。
「私達も噂に聞いただけなので。勝手にラーメンと餃子と呼んでますけど」
ただエルもまさか昼食がラーメンだとは思わず説明に困るものの、聞いた料理を再現したと言えば将来的に誰かに話されて明の料理と違うと言われても困らないと考えたらしい。
ちなみに味はまだこの時代にはない醤油ラーメンになる。
「西国にはうどんなる麺があると聞いたが……。おおっ!? これは!!」
久遠家では御膳ではなくテーブルで食事をするのだが、平手政秀は南蛮の流儀だろうと気にせず用意された上座の席に座るとまずはラーメンから箸をつける。
流石にズルズルと啜りはしないものの、食べたことのないその味わいに衝撃を受けた様子だった。
平手政秀は一見すると雑炊かと思ったようだが、シコシコとしたちぢれ麺に出汁と醤油ベースの昔ながらのラーメンのスープが絡むとこの時代では決して味わえない料理となる。
「平手様。もっとこう一気に啜ると美味しいわよ」
「うむ。明ではそのようにして食べるのか。ならばワシも」
ただ平手政秀はまだ行儀よく食べていてジュリアが麺を啜ることを教えると、明の流儀ならば従わねばと素直に麺を啜り食べ始めた。
とりあえず明のと言っておけばこの時代は大国なのを知る武士は納得するらしい。
「おおっ!! 確かにこの食べ方の方が美味い。ではこのおかずも……おおっっ!!」
調味料と言えば塩か味噌しかないこの時代において、出汁と醤油のラーメンに醤油とラー油で食べる焼き餃子はカルチャーショックのようだ。
しかも実はこの時代にはラー油もまだ生まれてなかったりするのだが、それを知らぬ平手政秀は明は凄いと改めて感じながら、モチモチの皮がパリッと焼かれていて中からは肉汁と野菜の甘みが溢れてくる餃子を頬張ると無心で食べ続ける。
箸が止まらなくなる美味しさとは正にこのことだと言わんばかりに食べる続けるが、白米のご飯美味しさには目に涙すら浮かべていた。
ラーメンのスープや餃子の醤油が少し付いただけで白米のご飯は全く別の味となり、平手政秀はこれだけでも贅沢だと噛み締めて食べていく。
「馳走になった。若が何故一馬殿や貴殿達に拘るのか分かった気がする。この礼は必ず」
「大袈裟な人ね。お昼食べたくらいで」
「まだデザートがある。明の菓子と言われる杏仁豆腐を再現した」
「ほう。これは全く違う。これも初めてじゃ。若からは頂いた砂糖羊羮に勝るとも劣らぬ美味さじゃ」
エル達はとりあえず聞いた話を再現したということにすれば誤魔化せると知ったので、これ以降はその説明にしようと決めつつ冷たく冷やした杏仁豆腐を美味しそうに食べる平手政秀を見て笑みを浮かべていた。
ただエル達はこの翌日に平手政秀からラーメンの話を聞いた信長にラーメンを求められることは流石に予期してなかった。
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信長公記には平手政秀がラーメンと呼ばれる明の汁そばと餃子と杏仁豆腐という料理を食したと聞いた信長が、翌日に作らせたという割とどうでもいい記録まで残っていた。
ただ明にはラーメンなる料理はなく久遠家の者が明の料理を再現したとする資料も残っていて、久遠家が明や南蛮貿易で富を築いた明かしとして歴史に残ることになる。
なお平手政秀は日本で初めてラーメンと餃子を食べた人と言われることになり、後世において平手政秀はラーメンの神様として知られ、信長が後に建立した政秀寺はラーメンマニアやラーメン屋を営む者達が多く参拝する人気の寺となる。




