尾張の虎・そのニ
末森城の雰囲気は何事かと少し物々しい様子だった。
鎧兜を付けてないとはいえ槍に火縄銃で武装してるし当然か。
献上品を城内に入れると手勢はそのまま館の前で待機するようでオレだけが信長に連れられて中へと入っていく。
途中何事かと顔を出す武士達だが、信長の姿を見るとまたうつけかと言いたげな表情をしてオレを見ると誰だと訝しげになる。
どうでもいいが嫡男相手に表面的でも愛想よく出来ないのかね?
「久遠一馬です。拝顔を賜り恐悦至極に存じます」
「お前達は下がっておれ」
謁見の場は広間ではなく信秀の私室だろう。
そもそもオレは信長が勝手にずかずかと入るのに着いて行っただけなので悪くないが 多分正規の手続きも関係なく来たんだろうね。
型通りの挨拶を手短にすると信秀は小姓だろう人を部屋から出してオレと信長と三人だけになる。
「話と違うな」
「挨拶だけは覚えたらしい」
「よい。楽に致せ」
小姓が消えた途端信秀は少しつまらなそうにオレを見た。
確かに信長には武士らしく出来ないとは言ったけど挨拶くらいは覚えるよ。
なんか変な期待されてたみたいだけど未来の日本人は空気は読めるんだからさ。
「ありがとうございます」
「何を持ってきたのだ?」
「ワインという南蛮のぶどうの酒と絹の反物に絹糸。あとは椎茸と昆布と鮭と砂糖です」
「城でも欲しいのか? そんなに持ってきて。朝廷に持っていけばさぞ喜んだだろうに」
「城も官位も不要です。どっちも商売にはあまり役に立ちませんので」
「ふふははは!!」
楽にしていいと言われても最低限は気を付けてるつもりだけど突然親子揃って笑うんですけど?
「何故信長に仕えた」
「仕えろと頼まれましたので。あと強いて上げるとすれば若様がこの先何をするか興味があるだけです」
「城も官位も欲しくないか」
「稼いだ方が楽なので」
「銭の私造か?」
「それもあります。ああ法には多分違反してませんよ。この国の外で作ってますので。形は輸入です」
信秀は確か三十代後半のはずだけど未来の同年代と比べると老けてるね。貫禄があるとも言うけど。
何気ない言葉にオレを見極めようとしてる気もするけど、オレは化かし合いとか出来ないし素直に話すしかないんだよね。
「南蛮と貿易すれば儲かるのか?」
「南蛮の国は遠すぎます。儲かるのは明との生糸です。密貿易ですし、将来的には国内で作らねばなりませんが」
「何故だ?」
「こちらが生糸の対価に出してるのは銀が一番多く、次いで銅ですが銀や銅は有限です。しかし生糸は作ればいくらでも増やせます。このままでは国内から、銀や銅が無くなるばかりなんです。明や南蛮と取り引きするなら、向こうが欲しがる物を用意しなくては長続きしないでしょう」
「幕府はそれを知らんのか?」
「それは私には分かりません」
挨拶に来たはずなのにいつの間にか貿易の話になってるよ。
正直細かい話はアンドロイド任せだから知らないんだよね。
「生糸を持ってきたと言ったな。国内で売る気か?」
「はい。生糸と反物を。はっきり言えば国内は座が煩いですから明や南蛮人の利益を奪えればと。生糸を染色する技術と反物に加工する技術者は派遣します。津島や熱田の商人を巻き込めば織田家の大きな力になるかと」
「いいだろう。平手と話をつめろ。表向きはワシがやることにして利益は那古屋にやろう。信長はまだ表にはだせん」
流石の信秀も貿易や銀や銅の流出が未来で問題になるのは知らないみたいだね。
ただ貿易が難しいのとお金が大切なのを理解してるのは凄く助かる。
武士が商人の真似事をなんて言わないで助かったよ。
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この日信長公記には久遠一馬の信秀への献上品を運ぶ行列に那古屋や末森の人々が驚き見ていたと記される。
当時の人々はうつけが散財を始めたと言っていたようであった。
信秀と一馬の謁見だがこちらは信長を含めた三人だけで行われたので内容は伝わってない。
ただこの年の頃から信秀が海外との貿易をしていた記録がちらほらと残されていて、そこには信秀と一馬の署名があることから信長と三人で何かしらの話をしたのではと考えられているが詳しくは不明だった。




