農業改革の第一歩
「あの、何かご用でしょうか?」
「これから一年、この村の代官をすることになりましたのでご挨拶を。少しやり方を変えたいので、とりあえず長老衆を集めてもらえますか?」
この日、オレはエルと資清と与一と護衛を数人を連れて農業改革をする村を訪れていた。
正直護衛は要らないんだけどね。資清と与一からは、オレ自身も一人で出歩かないように言われてる。
そんな身分じゃないんだけどなぁ。与一からは殿は甘過ぎるのでと言われた。そこまで甘いつもりはないんだけどね。
資清と与一を連れてきたのは、やはりオレとエルだとこの時代の農民のことをよく理解してないからだ。
それに信長と信秀と話し合い、直轄地の三割ほどでオレが代官となって新しい品種と新しい農業をやることにしたから、実質的に管理するのは資清や与一達の協力が必要になる。
「しかし銭で農民と田畑を借り上げるとは……」
「農民は生活が安定するし、家は収穫物が全部手に入る。双方に得になるはずだよ。もちろん失敗すれば損もするけど。銭ならあるから」
家に慣れてきてる資清はともかく、与一は銭で一年間農民と田畑を借り上げると教えると、信じられないような顔をされた。
米や麦の収量を上げるように考えるのは普通にするらしいが、基本的に農民は力で支配してる時代だからかね?
「久遠様だ」
「南蛮人だ」
「久遠様ってお医者のか?」
「お医者は久遠様の奥方様だよ」
のどかな農村に武士が来たということで、最初は少し警戒されてる感じもあったけど、ケティの患者が居るようでオレの素性に気付くと反応は良くなった。
でも拝むのは止めて欲しい。坊さんじゃないんだから。
説明は資清に任せた。元々近江で小さな領地を持っていただなくに、農民の相手はお手の物らしい。
「あの、銭でなく米で頂くことは出来ないでしょうか?」
オレ達がやろうとしてることは一言で言えば農民を雇うことで、収入を保証すると説明すると悪い反応ではないが、銭で給金を払うのは何人か抵抗感がある様子だった。
資清にも事前に言われていたが、農村なんかだと銭よりも物々交換が普通なので、米の方がいいのではと言われてたんだよね。
「米でもいいですよ。払いは三ヶ月に一度です。那古野まで取りに来ることになりますよ」
「それでお願いします」
医者パワーか農民達も協力的なんだけど、やっぱりお金よりは現物がいいのか。お金の信頼度がないんだね。
「そうだ。石鹸使った人居ます?」
「はい。私は使ってます」
「そうですか。なら使い方聞いてますよね? 定期的に村に何個か配るので、みんなに使わせて下さい」
それと農業改革と平行して衛生改革もさせないと。
実はケティが患者に石鹸配ってるんだよね。手洗いと熱湯消毒なんかの初歩的な衛生改革を教えてさ。
千里の道も一歩からというけど、手洗いと熱湯消毒なんかをさせるだけで違うだろうしね。医者がやれと言えば全員ではないにしろ、やってくれてる人は居るはずだ。
農業に関しては小麦を多めにしつつ大麦も植える予定だ。
「馬と鋤を貸しますから、乾いた田畑を耕して肥料を与えて下さい。ああ、肥料は津島から運びますから」
農業のやり方も変えてもらう。津島で作らせてた魚肥が出来てるから、肥料はそれを使って貰うし麦の植え方も未来のやり方に合わせてもらう。
収量を増やすにはそれが一番だからね。
冬場の間はこの辺りは那古野が近いから、牧場の堀を掘る工事と那古野の町の拡張で働いてもらって、現金収入になれてもらおう。
とにかく食べれるようにするのが先決だし、娘とか身売りするのを出さないのが当面の目標だ。
来年の春からは米ばっかりじゃなくて、大豆とか野菜も作らせるべきかも。
将来的には田畑を整理して湿田も減らしたいな。
やっぱり川の治水は早めにやらないと、重機が使えないこの時代は時間が掛かりすぎるか。
それにしても医者の旦那ってだけで、みんな協力的だな。
正直ここまで考えて始めた訳じゃないのに。




