登城と献上品
この時代の城は天守などない物で舘と言った方がしっくり来るところだった。
「一馬殿。これ中身は酒か?」
「ええ。先日のワインです。献上品ですかね」
引っ越しも一応終わったのでこの日オレは家からすぐ近くの那古屋城に挨拶に向かうことになってる。
服装も武士らしくしたけど髪は伸びてないのでそのままだ。
髷はあんまり趣味じゃないからしないかもしれない。
さっさと頭髪の自由化をした方がいいかもね。
「こっちは絹の反物に椎茸に昆布に鮭に、この瓶は砂糖かよ!」
池田恒興こと勝三郎に前田利家こと犬千代など、信長の小姓というか遊び仲間の人達に頼んで人を貸してもらい屋敷から那古屋城まで献上品を運んで貰ってる。
大きな荷車五つほどに樽のワイン・絹糸・絹の反物・椎茸・昆布・塩鮭と砂糖も瓶に入れて持ってきた。
「分かってるか知らんから言うが、こんなに献上した奴初めてだぞ?」
「多いのと少ないのならどちらがいいですか?」
「そりゃ多い方だろう。だがな……」
「どのみちうつけの若様が得たいの知れない奴を家臣にしたと虐められるなら派手にやった方がいいじゃないですか」
「……若は喜ぶだろうな」
勝三郎達はオレの言葉に呆れてるけど献上品の量と品物を任せたエルが、どのみちオレ達は反発を買うんだから力を見せてやればいいと言ってたんだよね。
それにまあこれにはエルのもう一つの策があるんだけどね。
「ずいぶん派手に持ってきたな。林が珍しく驚いていたぞ」
「うつけの若様が得たいの知れない奴を家臣にして散財してるなんて噂になれば面白いとエルが言ってましてね。その意味も込めて」
「クククッ。だそうだ。どうする爺」
那古屋城はちょっとした騒動になったらしい。
献上品が届くのは一般には主君たる信秀の方がほとんどで、まして荷車に五つも高級品を持ってきたんだから当然だろう。
信長はやはり上機嫌だが平手政秀は少し疲れたようにため息を溢してる。
「やはり若はうつけでなくばならぬので?」
「ご家中の者がみんな平手様のようならば必要ないんでしょうけどね」
平手政秀からすると幼い頃から守役として育ててきた信長が、うつけだうつけだと謗られることがあまり快くないらしい。
しかし粗銅で稼ぐ金と銀に銅銭の利益は莫大なのは彼も知っているのだろうし、信長の金回りが良くなり実はうつけではないなんて噂されると困るのは気付いたみたいだね。
現在尾張は形式としては守護の斯波家の下に守護代の織田大和守家と織田伊勢守家があり、信長の織田弾正家は織田大和守家の家臣でしかない。
その中で守護の斯波家に実権はないものの織田大和守家と織田伊勢守家は無力という訳ではない。
戦えば勝てるのだろうが潰してしまうことも信秀はしてこなかったしね。
あまり警戒されて影に日向にと今から邪魔されてはたまったものでないのは理解してるのだろう。
「近々親父にも挨拶に行くぞ」
「それは楽しみですね。献上品はいかほどにしましょうか?」
「あれの倍。用意出来るか?」
「ええ。その程度なら」
「末森の連中がどんな顔をするか見物だな」
「うつけの若様が銭欲しさに怪しげな男を連れてきたと言われるだけですよ。ああ、絹糸と反物は多目にしておきますね。あちらには女性も多いようですしそれに儲かるんですよ。絹は」
「明は海禁しておると聞いておるが……」
「だから儲かるんですよ。表向きは粗銅を売り絹を買ってることにしましょう。それを国内で売れば更に儲かります」
「良かったな爺。また銭の使い道を考えられるぞ」
「若。そう簡単なことでは……」
「余すようなら親父にやればいい」
平手政秀はオレと信長の会話を聞いてまた困った表情をしてる。
やりたい放題の信長に燃料をくべるようなオレに苦労してるのはこの人なんだよね。
あとで贈り物をしておこう。
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信長公記にはこの日久遠一馬が荷車五台に山積みした献上品を持って初めて那古屋城に挨拶に来たと書かれることになる。
その荷車の数と献上品の品々に那古屋城内では騒動が起きたとも記されていて、後に信長に献上品を贈る者達はこの時の話を聞き大いに困ったとも記される。




