平穏なひととき
父の義手は順調に再生を続け、残すは指の第一関節という所まで来ていた。
「父さんどんな感じ? これまで違和感を感じたりしなかった?」
「クロエ、どこにも問題は無いよ。お前は本当に凄い事をした。兵士の中には父さんのように体の一部を失った者がたくさんいる。皆これを見て希望が湧いたと言っていてな、一度兵士を辞めた者達が戻ってきているんだ。素晴らしい事だぞ」
実は前作の金属の義肢は騎士階級の人達にしか使われていない。
理由はくだらない物で、単に「鎧に合わせた造りは平民向きでは無い」「貴族と平民の格差を知らしめるため」だというのだから呆れる。確かに甲冑を思わせるデザインは騎士の鎧と相性は良いが、不便をしている人の為に作った物をそんな理由で独占して欲しくない。
だから今回の「再生する義肢」は、申請する際に条件を付けさせてもらった。誰にでも平等に、希望する者に与える事。この条件を反故にすれば私は義肢の権利を持って研究所を去るとまで言ったら大変快く承諾してくれた。
「そう、それは嬉しいことだわ。平民が使うには今はまだ高価過ぎるけれど、品質の良い魔石を定期的に入手できれば、無理の無い価格まで下げられるのよ。今はたまたま手に入った物を使っているから、どうしても高価な物になってしまうわ」
「だからこそ、兵士が増えてきているんだ。隣国との境界にある森には強い魔物がたくさん居るからな。騎士団も、第三王子率いる一番隊以外は我々と連携して魔物討伐に出ているんだぞ。クロエの理想は近いうちに実現できるさ。何と言っても、王様のお気に入りの研究員だからな」
父は誇らしそうに笑うけれど、その噂は消えて欲しい。いったい誰が言い出したのか。王様のお気に入りだと一目置く者も居るが、同じ研究者にはそれを妬む者が遥かに多く、やり難い。
この間は共同の資料室に入れてもらえなかったし、図書室では取ろうとした本を横取りされた。レオ達の手伝いを始めた頃からずっとだ。自分の代わりに取りに行ってもらうアリア達に迷惑をかけていて申し訳ない。
「それから、ダンの心臓も順調だぞ。あれから一度も発作は起きてないらしい。病院で調べたら、もう本物になっていたそうだ。あの人は魔力量が多いから再生も早いんだな」
ダンと言うのは鍛冶屋の親方の名前だ。一週間前、仕事中に心臓発作で倒れ、知らせを受けた時にちょうど製品化したばかりの人工心臓を渡し、移植手術をしたのだ。手術は成功し、再生を待つばかりだったのだが。
「え? まだ一週間だよ? 嘘でしょ? 親方ってどれだけ魔力多いの……」
「傷口は治癒魔法で綺麗に消えて、昨日から仕事してるぞ。ははは、呆れるだろ」
「呆れるって言うか……逞しいね……さすが先代兵士長だわ」
ダンの魔力量の多さと生命力の強さに感服し、クロエは自身の作った魔道具で大切な人を救えた事を喜んだ。自分の研究がいかに人の為になる物なのか、痛感する出来事だった。
それから10日後、父の手は完全に再生され、「再生する義肢」の特許申請は正式に受理された。
クロエは試作品用に自身の全身骨格を義肢の金属で作り、完成した部分を組み立てていた。これまでの試作品はクロエに合わせて作ったもので、クロエの体内を直に見るような物だ。それはリアルな理科室の人体模型のようだった。クロエは徐々に臓器が埋まっていく様を眺めるのが楽しみになっていた。
「クロエ、コレいつ見ても気持ち悪いわ。骸骨に生々しい臓器と血管と筋肉だけって、こんな物見て微笑むあなたの気が知れないわ」
アリアだけではない。平民男性3人組も、これが作られ始めてからクロエの研究室にお茶を飲みに来なくなっている。骸骨の頭には人工の目玉が嵌められていて、瞼が無いのでずっと目が合うのだ。視線を感じて、つい見てしまう。目玉はクロエと同じ、深い海の色を完全に再現した美しい物なのだが……。
「見慣れたら可愛いわよ? 足りないのはあと1つだけなの。それができたら肉付けするつもりよ」
「このまま飾って置くのじゃなく、外側も整えるつもりだったの? クロエ、それ私も手伝うわ! あなたにやらせたら自分に似せてぷよぷよボディにしちゃうでしょ!? あなた本来の完璧なボディラインにしてあげるわ! その体を目標に、ダイエット頑張りましょうね」
後日、最後の一つだった臓器を取り付け、アリアの手により丸坊主の美しいクロエが完成した。
「完璧だわ。学園に入った頃のあなたがそのまま成長したら、こうなっていたのよ。なのにこんな……」
アリアは忌々し気にギュッとクロエのわき腹を掴む。
「痛い痛い、ごめんなさい。でもちょっと痩せたでしょ?」
「あなたが研究に集中し始めたのは嬉しかったけれど、そのせいでダイエットは中断したのよね。それでも落ちたという事は、レオのお菓子がどれだけ影響していたか良くわかったわ」
改めて、アリアの作り上げたクロエ人形を見る。
ウエスト、私の三分の一ほどしか無いわ。よくあの中に内臓すべて入ったわね、と感心する。
こうなれとアリアは言うけど、実際これを見たら死ぬ気で頑張らないと無理な気がしてきたわ。
「ねぇクロエ、髪の毛や睫毛や眉はどうするつもり? ここまで作ったら完璧に仕上げたくなるわ」
「人工毛はどうしても作り物感が出ちゃうから、私の髪を使おうと思ってるわ。睫毛と眉も、少し加工すれば行けると思うの。だからアリア、この伸ばし過ぎた髪を切ってくれないかしら? 邪魔だし重いし暑苦しいのよ」
ハサミをアリアに手渡し、髪を一つに括って、さあ切ってくれと後ろを向く。
クロエの髪は普段結ってあるので気付かないが、下ろすと膝裏の下あたりまで伸び、確かに邪魔そうだ。アリアは彼女の美しい銀髪が好きなので、切るのを躊躇った。
「どこまで切るつもり? 肩の下くらい?」
「事務受付のサラさん位までバッサリ切ってちょうだい。彼女素敵だもの、憧れるわ」
「本気なの? ショートボブよ。彼女には合ってるけど……今のクロエには合わないと思うわよ。ボブが良いなら、長さは私に任せてちょうだい。切るわよ?」
覚悟を決めて、思い切って顎下辺りでジャキンと切り落とした。クロエは軽くなった頭を軽く左右に振って、その変化を楽しんだ。
「初めてこんなに短く切ったけど、頭が軽くてスッキリしたわ。ありがとうアリア」
アリアは何とも言えない表情でクロエの髪を綺麗に切り揃えてやり、溜息を吐く。
「思ったより可愛くできて良かったわ。この短い毛で眉と睫毛を作りましょうか」
気の遠くなる細かい作業を繰り返し、一本一本丁寧に頭部へ移植した。それが完全に仕上がるまで二人で4日を要した。
「はぁ……アリア、出来たわね。ここまで作っても、核になる体が無いから動く事が無いのはもったいないけれど、満足したわ」
「ええ、完璧だわ。本当に今にも起きて動き出しそう。でもリアル過ぎて目のやり場に困るわね。下着と服も着せましょうか」
アリアは予め用意していた衣装一式を着せた。生成りの可憐なデザインのドレスはクロエ人形に良く似合った。
コンコン
「クロエ、居たら出てきて下さい」
クロエとアリアは警戒する。ここへ自分達以外の人間が来たのは初めてだった。慌ててクロエ人形に毛布を被せる。
「はい、今開けます」
ドアを開けると不安そうな顔をした事務のサラと、険しい表情をした魔法省の役人が2人立っていた。
「クロエ、お前に盗作の疑いがかかっている。室内を検めさせてもらうぞ」