アリアの思い
クロエは達成感と同時に何とも言えない喪失感に見舞われて、何もする気が起きず一週間ただボーっと過ごしていた。この間アリアに実験台として連れ出され、毎日ダイエット器具に体中の贅肉を揉み解されている。
「クロエ、痛い所は無い?」
「うん」
クロエの体は面白い位振動で波打っている。とても他人には見せられない姿だ。しかも効果を見るために、最低限の下着姿である。
コンコン
「アリア、クロエはここに居るのか?」
「入っちゃダメーーーーーーーーっ」
レオの訪問に慌てて毛布を被せた。パーテーションのお陰でドアを開けても直接中は見えないが、レオは入室許可証を持っているのだ。油断していたら、ショーツ一枚という姿で、豪快に波打つ贅肉を見られてしまう。
「レオ! ドアに入室禁止ってプレート出しておいたでしょ、今実験中なのよ。何の用?」
「一週間アリアが独占したんだ。今度は俺達のところに来てもらう」
レオ達男性陣は今、3人で一つの研究を進めている。共同で研究するという考え方の無い貴族達には理解しがたい事で、研究所始まって以来の試みだった。特別に大きな研究室も与えられている。
「クロエをあなた達の研究室に行かせたら、またお菓子を食べさせるでしょ! ダメに決まってるじゃないの。折角痩せて来たのに、邪魔しないでちょうだい」
「違うって、クロエの意見が聞きたいんだ。俺達と違う視点で物を見てるから気付く事もあるだろ。なぁクロエ?」
クロエは急いで服を着て、アリアの後ろに立ってコクコクと頷いていた。
「アリア、私レオ達の研究も見てくるわ。今日の実験は成功したもの」
クロエの苦手なダイエット器具から開放してくれる天の助けだ。この期を逃せない。
「わかったわ、いってらっしゃい。そのかわり、お昼は一緒に食べましょうね。レオ、クロエを甘やかさないでね」
冷え冷えする視線をレオに向け、アリアは渋々クロエを送り出した。
「レオ達の研究室、行くの初めてだし楽しみだわ。とても広いんでしょ?」
「研究室というか、工場に近いよ。実験スペースは外にも繋がってるし、見たら驚くかもな」
レオ達の研究室はまさに工場だった。広い空間の片隅に、ガラスで仕切られた研究ブースがあるが、それも普通の何倍もある広さだ。
クロエはポカンと口を開けたまま、レオに手を引かれて皆の居る研究ブースへ足を進めた。
「来たなクロエ、よくアリアが許したな。俺達の研究所、凄いだろ? この広さなら、やりたい事もできる」
カールは両手を広げて満足げに設備の説明をしてくれた。
彼らは商家の息子達だけあって、物流に関する魔道具を考えている。
陸の輸送は汽車の無いこの世界では馬車で運ぶ以外に方法は無いが、馬は高価で維持費も掛かる。それに大量に輸送するのは難しいのだ。
だから馬を使わず、魔力で動かせる乗り物を作るつもりらしい。すでに試作品が何台か出来ていた。
「こんな大きな物を動かせるの?」
クロエは不思議そうに長方形の大きな箱に車輪を付けただけの物を指差して問う。
それにフランツが得意気に答えた。
「ああ、これを引くための乗り物が別にあるんだ。それに何人か乗って魔力を流すと動く仕組みさ。魔法陣を改良して、少ない魔力で長時間動かせるようにするのが目標だよ。だからクロエの意見やアドバイスが欲しくてね」
クロエの目が輝く。
全てをやり切って抜け殻のようだった彼女を元気付けたくて4人はあれこれ手を尽くしたが、結局クロエは研究馬鹿なのだ。魔法陣の組み立てをさせたらクロエの右に出る者は居ない。
この後一ヵ月半ほど、この研究室で魔法陣の改良などを手伝い、クロエは徐々にやる気を取り戻していった。
カール達の手伝いを終えた数日後、アリアの研究室では、クロエとレオ達を前に、腕組をしたアリアが目を吊り上げていた。
「レオ、これはどういう事かしら? 毎日見てるから気付くのが遅れたけど、採寸してみたら前より丸くなってるじゃないの。あれほどお菓子を与えないでって言ったのに」
ぷりぷりと血色の良いクロエを指差しアリアは静かに怒っていた。
「違うぞ、俺は我慢した。フランツだ。フランツが女の子達に聞いた美味しい店のパイとかピザとか、とにかく持ち帰れる物を毎日用意して並べて置いたんだ。だからそれを皆でつまみながら作業してただけだ。誓ってお菓子は与えてない」
レオは得意気にアリアに言い返すが、もちろん確信犯だ。クロエを自分好みに育てて満足していた。暇さえあればクロエを構い、撫でたり抱きしめたり、クロエもそれを特に嫌がりもせず受け入れていたので、周囲は二人を恋人同士と認識していた。
残念ながらクロエにその意識は無く、レオのスキンシップは父にされるのと同じだと感じていた。
「アリア、レオを叱らないで。またダイエット頑張るから、ね?」
「ね? じゃないのよ、クロエにも言っておいたでしょ? 今のままでも可愛いわよ、だけど痩せたクロエは物凄い美少女なのよ。あいつがクロエを笑ったから、絶対に痩せさせて見返してやりたいの。だって悔しかったんだもの。あの下卑た笑い声がいまだに耳から離れないの。もうあんな事言わせないわよ!」
その場に居た全員がぐっと言葉を飲み込んだ。
フランツ以外は直接ダミヤンの言葉を聞いている。アリアの言いたい事は理解できた。
「ごめんなさい。私のためよね、今日から本気でダイエットする。それに自分の研究も再開するわ。父さんの義手は完成したけど、あの技術を応用して四肢だけでなく体の全てを再生できるようにしたいの」
クロエはアリアに意欲的な態度を示し、これからの目標を伝えた。しかしその大きすぎる目標に、アリアは呆れて溜息が出た。
「はぁ……あなたの考える事は規格外ね。でもそれが出来れば、病気の人達の役に立つわよね。応援するわ。私達にできる事なら出来る限り協力するわよ」
レオ、カール、フランツは揃って頷いた。頼もしいこのメンバーの助けがあれば、クロエの考える魔道具の完成も夢ではないだろう。
「皆のお陰でやる気が出たし、私頑張るわ」
クロエは新たな目標を掲げて、久しぶりに自分の研究室へ戻ったのだった。