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クロエとイザーク~新婚旅行は甘くない・前編

ブックマーク2000件突破記念でクロエ達の新婚旅行を覗き見してみました。長くなりそうなので、前後編とします。

「あまり根を詰め過ぎるのは良くない。もう魔力バンクの設計図は出来たのだろう? この辺で少し休んではどうだ」


 イザークはクロエが睡眠時間を削ってまで研究に没頭している姿を見て心配になっていた。アリア達研究所の仲間はそんな姿を何度も見ているため、それが普通だと思っているが、イザークは研究員の時のクロエを知らない。真剣に研究に打ち込む姿はいつものおっとりしたクロエとは違い、凛々しく美しいが、さすがに疲れが顔に出ていた。


「これが完成すれば、たくさんの人を救えるんです。魔力が足りなくて移植を受けられない人の為にも、今頑張らなければなりません。大丈夫ですよ、今は全ての工程を私一人でこなさなくても良いように、私の研究室にスタッフが10名も入りましたから。試作品の作成はスタッフがしてくれますし、事務手続きも代行してくれます。以前に比べたら随分楽です」


 クロエの研究が再開すると同時に、魔道具研究所内では大幅な人事異動が行われた。クロエ達平民出身の研究者の作る魔道具は素晴らしく、それに比例して作業量も多い。カール達は共同研究をしている分一人一人の仕事量はまだそうでも無いが、補助職員が平民の下に付く事を嫌がり、クロエとアリアは一人で全てをこなして来たのだ。個人にかかる負担は大き過ぎる。

 そこでアリアが所長に掛け合って、自分専属の補佐を数名付けて欲しいとお願いしたところ、それはすぐに叶えられた。それによって、本音ではクロエを認めていた職員たちの方からクロエの研究室の専属になりたいとの希望が殺到し、チームクロエが誕生したのだった。有能な者だけを集めただけあって、仕事は完璧だ。クロエは設計図と、今出来たばかりの魔法陣をチーム主任に渡し、暫く休暇に入ることにした。


「お任せ下さい、クロエ様。私たちが責任持って試作品を作り上げます。遅くなりましたが新婚旅行にでも行かれてはいかがですか? いくらご理解のある方だと言っても、この数ヶ月、旦那様を放っておいての研究三昧だったのですから」


 クロエもそこは反省していた。研究に入ると周りが見えなくなってしまうのは相変わらずであった。イザークは快く送り出してくれたが、それに甘えて領地の事も任せきりで、ほとんど屋敷にも帰っていなかった。


「でも、イザーク様は今、領主代行のお仕事が忙しくて旅行どころでは無いと思うわ」

「クロエ様が可愛らしく甘えてみせれば、旦那様も喜んで行くと仰ると思いますよ。お二人とも頑張り過ぎなのです。休む事も必要ですよ」


 

 クロエは屋敷に帰るなり、イザークの執務室に向った。クロエに頑張り過ぎだと注意しておいて、彼もまた仕事中毒だと言っていい。書類を山済みにしてそれに目を通している最中だった。

 クロエは静かに執務室に入り、イザークの後ろから書類を覗き見る。当然の事だがクロエが見てもさっぱり分からなかった。


「クロエ、おかえり。今日は早かったのだな」


 イザークは背後から書類を覗くクロエの方を向き、腰を引き寄せ、膝に乗せた。


「ひゃ、すみません、邪魔するつもりは無かったんです」


 甘やかな笑みを向けるイザークに頬を撫でられ、クロエはうろたえ赤面する。


「邪魔なものか。愛しい妻が会いに来てくれたのだ。嬉しいに決まっている」


 頬を撫でるイザークの手はクロエの顎をくいっと上げ、目と目を合わせた。するとゆっくり唇が重ねられ、クロエから甘い吐息が漏れるほど長く口づけを交わした。

 クロエはまだその行為に慣れる事ができず、ワタワタしながらも頑張ってイザークに答えていた。イザークはそれが可愛くて仕方が無かった。だから、その先に進む事を焦らず、ゆっくりクロエの気持ちが追いつくのを待っている。

 結婚してからは寝室を一緒にしたものの、クロエが研究に没頭していて帰らない日が多かった事もあり、実はまだ初夜を迎えていない。添い寝するだけの初々しい関係をいまだに続けているのだ。イザークは修行僧並みの自制心を持ってクロエに接している。それを知ってか知らずか、今日のクロエは今までに無く甘えてくる。イザークの首に腕を回し、自ら抱きついてきたのだ。耳元で戸惑いがちに話すクロエの声は、イザークを修行僧ではいられなくさせる。


「イザーク様は、お仕事忙しいですか? 私の方は一段落ついたので、休暇を取りました。試作品が完成するまでは暫くお休みです。それで……あの、二人でどこかに行きませんか? 新婚旅行とか、まだだなって思って。あ、でもイザーク様が忙しいなら……」

「お前との時間なら、いつでも作るに決まっているだろう。領内の事なら心配ない。リトバルスキー家から良い人材を遣してもらったから、暫く留守にしても大丈夫だ。どこに行きたいのだ?」


 クロエは身体を離し、イザークの顔を見る。膝の上に乗っているおかげで目線が同じ位だ。以前からアリアにイザークとのスキンシップが足りないのではと指摘されていた事もあり、クロエは自分なりにスキンシップをはかってみたのだが、具体的に何をすれば良いのか見当もつかなかった。だから思い切って抱きついてみたのだが、それは返り討ちにあってしまった。目の前のイザークは先ほどからずっと、クロエが心の中で悶絶するほど甘い微笑みを浮かべている。恥かしくなり膝の上から降りようにも、がっちり腰に腕を回されていて降りる事もできない。困り果て、膝の上にちょこんと座ったまま、視線を泳がせて旅行先を考える。


「え、っと、行きたい所……あ、私、まだ自分の領地の半分も見た事がありません。私たちの治める領地を一緒に見て回りたいです」


 イザークは一瞬キョトンとした。そして声を出して笑い始める。


「ふ、はっはっはっは、それではただの領内視察ではないか。それを新婚旅行にするというのか?」


 クロエは口を尖らせた。笑われるとは思っていなかったのだ。真剣に考えた末に出て来たのがそれだった。平民のクロエに旅行などという贅沢はありえないものだった。観光地なども知らないし、そもそも王都と自分の領地以外知らないのだ。答えようが無い。


「わかった、そうしよう。どちらにしても必要な事だしな。旅行の準備が出来次第、出発しよう」

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