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カミラ対マリエラ

 ドミニク伯爵の屋敷に招かれたイザークは、友人としてエドモンド兵士長を同行させ、夕食会の席に着いていた。初めは平民を連れて来たのかと不満気だったドミニク伯爵とマリエラだったが、それが国の英雄と言われたエドモンド兵士長だと知り一気に歓迎ムードとなった。あれほどイザークに執心していたマリエラが凛々しく逞しい銀髪の兵士長に心を奪われて、今は隣に寄り添って離れない。


「イザーク・リトバルスキー様、お初にお目にかかります、ウェントワース・アードラーと申します。こちらは私の妻でカミラと申します。どうぞお見知り置きを」

「はじめまして、カミラです。お会いできて光栄ですわ」


 カミラはまるで初対面かの様に挨拶をした。そしてイザークの隣に座る元夫など眼中に無いと言った風情だ。アードラー子爵の隣でにこやかにはしているが、目の奥は笑っていない。


「はて? 奥方とはどこかでお会いした事は無かったかな。私の営む店に来た事はありませんか?」

「まぁ、どんなお店ですか? そんなの一々覚えていませんわ。ほほほ」


 まったく言葉遣いもなっていなければ礼儀も何もあったものではないカミラの態度に、アードラー子爵は顔を引き攣らせた。社交界に顔を出さないリトバルスキー侯爵家のご子息と会うチャンスは滅多に無い。奥方様もご一緒にという招待でなければ今回の夕食会にはカミラを同席させたくはなかったのだ。女性とはあまり縁の無かった彼は、美しいカミラを自慢したくて友人達に妻だと紹介した事が仇となった。特にドミニク伯爵とは何度も会わせているのだ。今更妻ではないとは言えなかった。


「すみません、リトバルスキー様。カミラは、その、元は平民でして、言葉遣いなど至らぬ点も多く、ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」

 

 アードラー子爵は額の汗をしきりに拭きながら謝罪した。ここで平民だとネタ晴らしした事でマリエラが反応し、すかさずカミラを見下した。


「カミラ様は平民なの? あらやだ、知らずに私の馬車に乗せてしまったじゃないの。それから、あなたイザーク様の人形工房へは行った事があるでしょ? あの時は会う事は出来なかったけど、お名前は教えたはずよ。おばさんは記憶力が無いのかしら」


 マリエラの嫌味にカミラは余裕の笑みで答えた。


「あら、あなたが振られた時に私が居合わせた事を、他の人に知られたく無いだろうと思ったのよ。クスッ、あの時あなたの顔を見てカーテンを閉められたのに、まだ振られたと気付かないんだもの、ドアの前で呼びかけ続ける姿は滑稽だったわ。かわいそうだから頑張れば振り向いてくれると言ってあげたけど、どんなに食い下がってもその方はあなたに興味は無いわよ。ついでに言えば、エドモンドもね。その人、面食いなの。あなた程度じゃなびかないわよ? クスクス」

「なんですって!? 平民のおばさんのくせに生意気よ!」


 顔を真っ赤にしてマリエラはカミラを睨むが、カミラにとって娘と変わらぬ年頃の少女に睨まれても、痛くもかゆくもなかった。

 しかし、おばさんという言葉に反応し、大人気なく自分の娘と同年代の娘相手にカミラは噛み付いた。エドモンドとも初対面で通すつもりが思わず出てしまったようだ。食事会は始まったばかりだというのに、険悪な空気になり食事どころではなくなった。

 しかしエドモンドだけは食事を楽しんでいた。平民の彼がこんな料理を口に出来る機会はそう無いだろう。


「止めないか、二人共。リトバルスキー様の前だぞ。口を慎みなさい。申し訳御座いません、リトバルスキー様。エドモンド兵士長も、食事は御口に合いますかな?」

「美味いです。それにしても、カミラはいつ再婚したんだ? 貴族とは結婚したくても出来ないだろう、ああ、内縁の妻ってやつか。アードラー子爵、その女は元私の妻ですよ。まだ7歳の娘を捨てて、家の金を持って若い男と逃げるような女です。見た目に騙されると、痛い目を見ますよ」


 アードラー子爵はカミラの元夫がエドモンドだとは知らなかった。知り合った時には一目惚れで、カミラの言いなりになっていた。何気なく跡取りがいなくて困っていると話したのがきっかけで、カミラに似た可愛い娘が居ると聞いたくらいで、男性遍歴などは知りたくなかったので聞きもしなかったのだ。エドモンドの話を聞いて口をパクパクしている。


「え!? エドモンド様、カミラ様と夫婦だったんですか? それに娘もいるなんて……お嬢さんは、幾つなの?」


 マリエラは本気でエドモンドを気に入ったのか、カミラの様な派手な美人が好みだと知りショックを受けた。しかも二人の間に子供までいるのだ。二重にショックだった。


「娘は16歳です」

「16って……私と変わらないじゃないの! エドモンド様は一体いくつの時にその子が出来たの? もしかしてカミラ様の連れ子? じゃ無きゃ無理よ、10歳位で子供が出来たという事になるじゃない」


 マリエラは混乱した。エドモンドはどう見ても20代半ばから後半位の青年なのだ。


「よく若く見られるけど、そこまで若く言われたのは初めてだ。私は34ですよ、お嬢さん。思ったよりおじさんでガッカリしたかな?」


 マリエラは顔を横に振った。それでもエドモンドから目を離せなかった。平民であることを除けば、理想の男性そのものだったのだから。年の差婚は珍しくもない、そこは障害にはならいと思っていた。


「エド、そういえばあなた、無職だったくせにいつの間に兵士長に戻っていたのよ? それにその腕、今話題の再生魔道具じゃないの? あまりに自然で気付かなかったわ。順番待ちだって話だけど、よく買えたわね」


 カミラは別れた後のエドモンドのことは何も知らなかったし知ろうともしなかった。シイラは酒場の客からエドモンドの事もクロエの事も聞いて知っていたが、姉カミラには一切教えなかった。エドモンドを横取りされた恨みは今だ消えていないのだ。


「カミラ、後で話そう。今話す事でも無いだろう。皆さんも、食事が進んでいないようですね。もっと楽しい話題に変えませんか。そうだ、うちの娘が今度婚約する事になりまして、イザーク様とは義理の親子になるんですよ」


 エドモンドの発言で食堂はシーンと静まり返った。


「彼女へのプロポーズはまだなのだが、先にエドモンドの了承を得たのだ。我がリトバルスキー家でも彼女を妻に迎える事を喜んでくれてな、後は機を見て彼女に結婚を申し込むだけだ」


 カミラは不敵に笑い、イザークを見た。


「それは無理じゃないかしら? あの子は平民で、侯爵家のあなたとはそもそも結婚出来ないわ。どこかの貴族の養子にでもするつもりですか? その前に、私がその結婚を許しませんけどね。あの子も、侯爵家の跡取りでもないあなたが相手では不満だと思うけれど。そうね、あの子の相手は王子様が相応しいわ。第三王子ルートヴィヒ様が結婚相手をお探しだから、子爵様の養女にしてもらって、花嫁候補の中に入れてもらうの。ふふふ、今頃クロエはアードラー子爵の屋敷に居ると思うわよ」


 その場にいるドミニク伯爵はこの会話を理解できず、アードラー子爵を睨み付けた。折角イザークからの要望で実現した食事会リベンジが、彼の連れて来た平民女が原因ですべて台無しである。エドモンドを婿養子にという考えも過ぎったが、それを話せる雰囲気ではない。


「カミラ、それはどういう意味だ? 誰かうちに人を差し向けたのか?」


 イザークは静かに、低い声で問い、カミラを睨む。エドモンドもスッと纏う空気を変え、カミラを睨んだ。


「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。あの子は自分から私の元に来るのよ。あんな小さな工房のおかみさんに収まる気は無いんでしょう。私を頼って子爵様の元に来ても仕方が無いと思うけど? まだ本人にプロポーズもしてないくせに、結婚できると思ったら大間違いよ」


 カミラは勝ち誇ってイザークをあざ笑った。

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