真実を知ったエドモンド
「リトバルスキー様、お久しぶりです」
「家名ではなくイザークと呼ぶように言っただろう、エドモンド」
イザークとエドモンドは、エドモンドが国の英雄と呼ばれるきっかけとなった戦いの時すでに知り合っていた。
当時の兵士長ダンの部下として頭角を現し始めていた、まだ16歳の血気盛んな少年だったエドモンドは、国境近くの砦を奪還すべくダンの指揮の下奮闘していた。敵国の兵の数はこちらよりはるかに多く、敗戦は確実かと思われた。
エドモンドは敵兵の鎧を身に着け岩陰に潜み、自軍の撤退の合図と同時に敵軍に紛れ込み、勝利は確実と侮って先頭に飛び出した大将の首を取ってみせた。「大将首取ったー!!!」と雄たけびを上げ、その後のことまで考えず突進したエドモンドは勿論その場で敵兵にやられた。瀕死のところを彼の働きに勢いをつけ戻った自軍の兵になんとか助けられたのだった。
エドモンドが大将を討った事で敵の動きは鈍り、数だけ揃えた百姓の集団はみな逃げてしまった。残った兵士の数はこちらとほぼ同数となり、逃げ腰となったところを一気に殲滅。砦を奪い返した事で敵国の侵入を防ぐ事に成功したダン兵士長率いる兵士達はその勢いのまま国境まで敵兵を追いやる事に成功し、国からたくさんの褒賞を受け取った。
この勝利の立役者となったエドモンドは瀕死の状態で凱旋し、治癒魔法を待ったが同行していた下っ端の白魔法使いは他の兵士の治療で魔力を使い果たし、使い物にならなかった。
当時膨大な魔力を持つと噂されていた侯爵家の次男、まだ6歳のイザークは白魔法を得意とし、非公式に意識の無い兵や騎士達の治療に当たっていた。エドモンドもまた、イザークの治癒魔法で回復し、後に6歳の侯爵令息に助けられたのだと知った。
本来なら目通りもかなわない高位貴族の子息と会うために、兵舎に非公式で治癒に来るのを待ち構えて会うことが出来たエドモンドは、自分より10歳も若い少年相手に地面に頭をこすり付けて感謝した。
その後もイザークが学園に入るまでの間に二人は何度か顔を合わせる事になるが、残念ながらエドモンドが腕を失くした時にはイザークは学園入りしていて、腕を再生してやる事は出来なかった。
「すっかり大人になられて。あの時のあなた様の善意で私は今生きていられるのです。個人的な話をした事はありませんでしたが、私はあの後娘が出来て結婚もしました。すべてイザーク様のおかげだと思っています。本当にあの時はありがとうございました」
改めて礼を言うエドモンドの頭を上げさせ、本題に入る。
「礼なら当時、鬱陶しいほどもらった。話がある、お前の娘と元妻の事だ」
エドモンドは思いもよらない話題に首を傾げた。
「なぜ、イザーク様が娘と元妻の事を? というか、離婚した事をご存知だったのですか?」
「黙って話を聞け。クロエは今、俺と暮らしているのだが……」
「ええ!!?」
エドモンドは理解できずにイザークの言葉を待った。クロエは魔法省の魔道具研究所にいるのだ。侯爵家のイザークとどんな接点があるというのか。
「盗作したと冤罪をかけられて、去年魔法省を追放処分になった。俺の姉が次の働き先として俺の経営する工房にクロエをよこしたのだ。お前に心配かけまいと追放になったことは伏せていたようだが、それが間違いなのだ。クロエを無実の罪に陥れたのはダミヤンという男だ。聞き覚えがあるだろう」
エドモンドは顔色を変え、怒りを滲ませた。
「私は直接会ったことはありませんが、元妻の恋人です。留守中に家捜ししている所をクロエが見つけて、あの子にはかわいそうな事をしました」
「そのダミヤンだが、クロエに被せた盗作が自作自演だとばれて一度監察に捕まったが逃げた。しつこくクロエを逆恨みして居場所を探し出し、逃げた翌日彼女を襲い、クロエはその時一度殺された。そして今、自分が作り出した魔道具で復活しようとしている。お前のために作った再生する義手から始まり、体の全てを再生できる魔道具を開発していたのだ。その全てを組み立てた物の中に彼女は奇跡的に宿る事が出来た。一度会っているだろう? 突然痩せたクロエに」
エドモンドの理解できる範囲を軽く越えた話で、頭に残っているのはダミヤンにクロエが殺された事。痩せたクロエは本当は人形に宿った……ここまでで考えがストップしてしまう。ただ訳も解らず涙が溢れた。
「ダミヤン……殺してやる!! カミラも見つけたらただじゃ置かないぞ! あんな女を選んだ俺も、同罪だ。未練がましく待ったせいで、クロエが……ぐすっ……うぅ、すみません、取り乱してしまいました。それを伝えに来てくれたのですか?」
「それもあるが。ダミヤンはクロエを襲った日に馬に蹴られて死んだ。殺したくてももう無理だ。お前の元妻は金が無くなった時点でダミヤンに捨てられたらしいが、今どこで何をしているのか知っているか? クロエが話していなかったせいで話は長くなったが、それを聞きたくて来たのだ」
エドモンドは首を横に振った。何も出来ない自分に腹が立っていた。自分は娘に何をしてやれたか考えるが、いくら考えてもしてもらうばかりだった。これでは自分に危険が迫っても頼ってなどもらえる筈も無い。大変な事が起きていたのに、兵士長である自分を頼ってもらえず悔しくなった。
「イザーク様、まさかカミラがまた娘に何かしようとしているのですか?」
「それが分からぬから調べて欲しい。工房にそのカミラとおぼしき女が現れてクロエを探しているとわかったが、ダミヤンが居ない今、貢ぐ相手もいないだろう。いや、また別の男に貢いでいるとも限らんが、とにかく、危害を加えられる前に手を打ちたい」




