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魔力供給

 翌朝はパンの焼ける匂いに誘われたのか、いつもなら起こしに行っても中々起きないイザークが自分で起きて来て朝食の準備をするクロエを驚かせた。


「おはよう、今日も良い匂いだな。今朝はクロワッサンにカリッと焼いたベーコンとスクランブルエッグか。お前の好物ばかりだな」


 イザークは朝から上機嫌だった。キラースマイルもいつもの二割り増しで、クロエを心の中で悶絶させた。


「おはようございます、イザーク様。ど、どうしたんですか? ご自分で起きて来るだなんて私がここに来てから初めての事ですよ?」

「自然と目が覚めたのだ。そこまで言うほど珍しい事でもないだろう」


 鼻歌が聞こえてきそうなほど機嫌の良いイザークを見るのは初めてだった。クロエは面食らって彼から目を離せずに洗い物の続きをしようとして、まだ熱を持ったままだったフライパンに触れてしまった。


「熱っ……!!」


 イザークはその声に反応してすぐに駆けつけ、クロエの火傷した手の平を見た。


「馬鹿者、水に入れたからといって直ぐに冷える訳では無いとわかっているだろう」

「はは……やっちゃいました……このくらい冷やせば大丈夫です」

「治癒魔法をかける。手を出しなさい」

 

 イザークが治癒魔法を使おうとしたのでクロエは咄嗟に手を引っ込め後ろに隠した。


「何だ、早く手を出しなさい。熱を持って痛むだろう」

「駄目です、私の体の魔法陣がイザーク様の魔力を吸い出してしまうかもしれません。万が一、事故が起きてしまったら……」


 イザークはグイッとクロエの腕を掴み患部を見えるようにすると無言で治癒魔法を使い始めた。ポウッと青白く輝き火傷は見る見る治ってしまった。イザークはそのまま掴んだ腕から少量づつ魔力を流し込んだ。


「あ、何をしてるんですか、あ、ああ……イヤ、止めて……!」


 クロエは生まれて初めて自分の物ではない魔力が体内に流れ込んでくる何とも言えないザラザラした感覚に体を震わせた。イザークの魔力に反応してクロエのまだ再生が済んでいない部分の魔法陣が一斉に浮かび上がる。イザークは指をさしながらその魔法陣を数えた。


「再生はかなり進んでいたのだな。人ひとり分の魔道具だ、使われていたのは相当な数だっただろう。それが今残り十個程か、完全に再生するのもそう遠く無さそうだな」


 その時、イザークの流し続ける魔力で魔法陣が一つ消えた。


「おお、一つ再生が終わったぞ。俺の魔力を流し続ければ再生も早く進むとわかったな」


 クロエはガクガクと膝から崩れ落ちその場にしゃがみ込んでしまった。イザークは掴んでいた腕を引き、クロエが倒れるのを防ぐと膝を着いてクロエの顔を覗きこむ。


「どうした?」

「他人の魔力を体内に流されたの、初めてなんです。体中がゾクゾクして力が抜けてしまいました。それに何だか言葉にできませんけど、体が熱くなってイザーク様をとても近くに感じました。何て言うか一つに交わった様な……」


 クロエは頬を上気させ、泣きそうな切ない表情でイザークを見上げた。イザークは息を呑み、クロエからバッと離れ、咳払いしてクロエを立ち上がらせると、彼女の潤んだ目から逃れるように視線を逸らした。


「すまん、お前に魔法を使う事で事故が起こる心配をしているようだから、ちょっと試してみたのだが、不快な思いをさせて悪かった。学生時代に学友が魔力切れを起こしかけて、魔力を分けてやったことがあってな。思えばあいつは気を失っていたから何も感じなかったのだな。それに男同士と男女間では感じ方が違うのかもしれん」


 クロエも学園では魔力切れを起こしかけた人を救う為の応急処置として、魔力供給を教えられたが、実際に試した事は無い。魔道具に魔力を流し込む要領でと説明を受けただけで、どんな風に感じるかまでは教えられていなかったのだ。


「私はまだ魔力切れを起こしてませんよ。常に魔法陣に魔力を吸い取られているので魔法を使えない位に不足気味ではありますけど……でももう止めて下さい。本当に怖いんです。あの時の、自分の体を魔法陣に吸い取られてしまう光景が頭から離れなくて」


 イザークとしては自分の豊富な魔力を使えば早めに体が再生できると分かった以上、そうしたかったが、クロエはそれよりも事故が起こる事の方が心配なのだとわかり、無理強いはしないことにした。


「イザーク様、火傷を治して下さってありがとうございました。治癒魔法なら魔法陣に干渉しないみたいです。そういえばそうでした、知人は心臓移植をした時に治癒魔法で傷口を治したと言っていたのを忘れてました。さぁ、座って下さい。朝食にしませんか? お腹空いちゃいました」

「そうだな。洗い物は後で手伝ってやるから、お前も席に着きなさい」


 クロエは大好物のクロワッサンを美味しそうに頬張り、それを紅茶で流し込む。そしてカリカリに焼いたベーコンを卵と一緒に口に入れ、幸せそうに笑った。


「美味いか?」


 満面の笑みで頷くクロエを見ながらイザークも朝食を味わった。今までと変わらない定番メニューのはずなのに、クロエを見ながら一緒に食べると何故か何倍も美味しかった。事故が起きたあの翌日から待ちに待った二人の食卓を、絶対に手放したくないとイザークは思った。



 朝食後、クロエが恐縮するのもお構い無しにイザークは宣言通り後片付けを手伝い、工房へ向った。店を開けるのは一時間後なのだが、ドアのカーテンの向こうに人影が見えた。通行人の影とは違う、明らかにドアの前に誰かが立っている。シルエットから女性であると推測できた。


「誰だ? 今朝は引き取りの予定は無いはずだが……」


 気にはなったが店のオープン時間は正面から見えるように表示されているのだ、そのうち帰るだろうと高を括って放置していたら、その影の主は一時間その場に立ち続けていた。

 イザークは溜息を吐いて作業を中断し、オープン時間になったのでショーウィンドウのブラインドを上げ、最後にドアのカーテンを開けるとそこには身形の良い40歳前後のご婦人が立っていた。

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