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狼狽するイザーク

 翌朝早くに目を覚ましたイザークは、寝ぼけながら腕の中にある温かく柔らかいものに頬づりし、ふわっと香るバラの香りを吸い込んだ。夢にしては嫌にリアルな感触に、目を開き、自分が抱いているものの正体を見て飛び起きた。


「な、なぜお前が俺のベッドに入っている!」


 相当頭が痛いのだろう、眉間にシワを寄せ頭を抱えた。クロエは体を起こし恥ずかしそうに目を伏せる。


「おはようございます、イザーク様。昨夜の事覚えてないんですね」


 イザークは困惑して周りの状況を見た。どう見ても自分の部屋ではなくクロエの部屋だ。昨夜の事を思い出そうと目を瞑り、必死に考える。


「まさか……俺はお前に何か不埒な事でも……」

「してません。昨夜はかなりお酒を飲んできたようですね。酔ってまともに会話もできませんでしたよ?」

「すまん、まったく覚えていない。ドミニク伯爵に自慢の酒を次々出されて、さっさと飲んで帰ろうとしたのだが……あの親子は俺を帰す気が無いのか馬車を用意してくれなくてな。引き止められたが歩いて帰って来たのだ。かなり強い酒も飲まされたし、酔い覚ましになるかと思ったのだが、逆に酔いが回ってしまったのだな。途中からどう帰って来たか記憶に無い」


 クロエはやれやれと息を吐き、台所へ水を取りに向った。イザークは自分の乱れた服装に驚きズボンのボタンを嵌め、靴を履いた。昨夜着て出かけた上着と靴下が無造作に椅子に掛けられている事に気付く。そこに水を持ってクロエが戻って来た。


「イザーク様、お水どうぞ。今スープを温めています、二日酔いに効きますから飲んでくださいね」

「ああ、ありがとう」


 イザークはクロエを見て先ほどの柔らかい何かの正体に気が付いて、気まずそうにコップを受け取ると一気に水を飲み干した。空のコップを受け取り台所に戻る寝巻き姿のクロエを見て、やはり何かしたのではという気がしてならなかった。気のせいかどこかよそよそしい態度をとられていると感じるのだ。

 実際はどうだったのかと言えば、イザークは完全に寝ていて逆にクロエがイザークの頭を撫でたり、その整った顔に手で触れてみたりしていたのだ。気まずいのはお互い様だった。


 台所でスープを人肌くらいまで温め直し、いつもの席に座ったイザークの前にカップを置く。


「あの、これ味はともかく本当に効きますから」

「何の汁だ? 嗅いだことの無い匂いがするが」

「薬の様な物です。それを飲んだら本当の美味しいスープもありますから、グッと飲んで下さい」


 言われるままにグッと飲み干すと、強烈な苦味に悶絶する。


「ごほっ、本当に飲んで大丈夫なものなのか?」

「苦いですよね、これを口に含んでみてください」


 今度は飴玉を渡される。苦味を消せるならばと口に入れると甘酸っぱい味が口に広がって、嘘の様に苦味が消えた。


「凄いな、苦味が一瞬で消えたぞ」

「ふふ、小さい頃父さんの世話をしながら研究したんですよ。二日酔いに効くスープは改良版です。もう頭痛は無くなりましたよね? 気持ちの悪さも消えたでしょうし、朝食にしますか? それとも先にシャワーを浴びてスッキリしてきますか?」


 イザークは黙ってクロエを見つめた。好きな事をして過ごすよう言ったはずなのに、クロエは主の事を考えて色々準備して帰りを待っていてくれたのだ。愛おしさが込み上げる。


「シャワーを済ませて着替えてくる」

「わかりました。ではその間にパンを焼いておきますね。今日のは自信作です」

「あー、昨夜は俺は自分で服を脱いでお前のベッドに入ったのか?」


 台所を出て行く寸前にクロエの部屋を見て、イザークは確認してみた。


「いえ、イザーク様が酔って私に倒れ込んできたので、そのままベッドに寝かせて、私が脱がせました。どうしてですか?」

「いや、何でもない。何かおかしな事を口走ったりは?」

「え、っと……別に、酔った人の言葉に意味は無いと思ってますから、気にしないで下さい」


 イザークはおでこに手を当て、深い溜息を吐く。


「では、忘れてくれ」

「はい、ごゆっくりどうぞ」



 その日の午後、またしてもマリエラがやって来た。


「イザーク! どうして昨日帰っちゃったの? あのまま泊まって行けばよかったのに。客間の用意はできていたのよ? お父様があなたの事独り占めしちゃって私とはあまり話せなかったじゃない。あのね、また今日も来ない? 今度は私とお話しましょうよ」


 甲高く甘えた声を響かせる彼女に、ウンザリしたイザークは思わず本音が出てしまった。


「うるさい、一度で十分だろう。お父上への義理は果たしたつもりだ。これ以上は付き合えん。仕事の邪魔だ、帰ってくれないか」

「なっ、お父様への義理ですって? 私と一緒に居たくて昨日は来てくれたんじゃないの?」

「どこをどうしたらそんな勘違いができるのだ。昨日の会話を聞いていたのではないのか?」


 マリエラはイザークに見惚れるばかりで父とイザークが何を話していたのかまったく聞いていなかった。イザークは魔法省に居たころ世話になったドミニク伯爵に当時の礼を言いに行ったに過ぎない。ドミニク伯爵の方はイザークの後ろのリトバルスキー侯爵家との縁を持ちたくてなにやら画策していたようで、酔わせて娘との既成事実を作らせて、それを盾に結婚を迫ろうとしていたのだ。


「クロエ! ちょっと来てくれないか」


 イザークはなかなか引き下がらないマリエラに痺れを切らし、クロエを呼んだ。マリエラは太ったクロエの姿を見た事はあるが、特に印象にも残っていなかったらしく、余程興味が無かったのか、あれがクロエという名だとも覚えていなかった。

 呼ばれて工房に姿を現したクロエは、まだそこにマリエラが居た事に驚いて慌てて隠れた。


「すみません。何ですか?」


 ツカツカとクロエの元に歩いて行くと、イザークは何も言わずクロエの肩を抱いて、マリエラの前に連れて行った。


「あの、イザーク様、どうしたんですか?」

「イザーク、こ、この女性はどなたかしら? どこから出て来たの?」


 イザークは優しく微笑みクロエを見ると、イザークを見上げていたクロエと目が合い、見つめ合った状態でマリエラに見せ付けた。


「彼女は俺の大切な人だ。他の誰にも入り込む隙など無い」


 クロエは目を丸くして顔から火が出そうなほど赤くなり、何度も目を瞬いた。するとイザークの視線が動いたのでつられてクロエもマリエラの方を見た。彼女はクロエを睨みつけて真っ赤になって怒っていた。


「まあ! 今までそんな事一度も言わなかったじゃないの! そんなの嘘よ、信じないわ! あなたに恋人が居ない事はお父様が調べてくれて知っているのよ。こんな人どこから連れてきたの? もしかしてここの従業員?」


 ドミニク伯爵が身辺調査をしていたと聞き、クロエは嘘がばれていると思いイザークを見た。すると意外な事に彼はまったく動じていなかった。


「何を調べたのか、笑ってしまうな。一緒に暮らしている女性の事もわからないとは」

「はぁ? お父様に確認するわ。今日はもう帰る! 結婚もしていない男女がそんな……破廉恥だわ!」


 マリエラは怒って乱暴にドアを閉め、馬車に乗って帰って行った。とても貴族令嬢とは思えない行動だ。


「イザーク様、あんな事言って大丈夫なんですか? わ、私を大切な人だなんて……それに勘違いさせてしまいましたよ。一緒には暮らしてますけど、私は家政婦ですよ?」


 イザークはクロエの肩を抱いたまま、真剣な眼差しを向けた。


「嘘ではない。お前を大切に思っているのは本当の事だ」 

 


 

  

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