父の恩返し
あれから父は努力を重ね、平兵士として復帰した。
国の英雄から利き腕を奪った第三王子は、今や騎士団の一番隊隊長になっていた。
過去の失態はもみ消され、あの初陣に参加した騎士達はお金をもらって口止めされ、兵士は地方に送られた。当事者であるエドモンドは大金を渡され解雇され、当時を語る者は居ない筈であった。
王子は普段なら立ち入らない兵の訓練場に、騎士団にも使えそうな訓練法は無いか視察に来ていた。
第三王子の任された一番隊は貴族の三男以下の、取立てて優秀でも無い、家の家格だけ立派な集団だった。魔法学園の騎士科からそのまま騎士団に入団したものの、向上心の無い者の集まりは、他の隊からだけでなく、一般平兵士からも煙たがられる存在だった。それを何とかしろと、とうとう王から注意を受け、慌てて各訓練場の視察を始めたのだった。
そこで兵の中に、嘗て自分が邪魔をして兵士として使い物にならなくした男を見つけた。
王子は父王にそのことを報告した。
無くした腕に籠手を着けて、平兵士としてあの男がここに戻って来た、と。
王は翌日エドモンドを呼び出した。
「来たか、エドモンド。久しいな、兵士として戻って来たと聞いたが、体は大丈夫なのか? 腕を失う大怪我を負ったであろう」
王は片眉を上げ、探るような視線を向けてエドモンドに問う。
「無くした腕とはこの事でしょうか?」
エドモンドはクロエの義手を見せる。指を動かし、飾りでは無いと見せつける。
「そなた、腕を取り戻していたのか? あの時の報告では、取り返した腕は見るも無残な状態だったと聞いていたが。治癒が間に合ったのだな。それは良かった」
王は頬を引きつらせ、なんとか笑顔を作ってみせた。
「いえ、腕はありません」
「何を言っておるのだ? そこにあるではないか。余をからかっておるのか?」
王は怪訝な顔で、少々苛立ちを見せながらエドモンドを問う。
エドモンドは義手を前に出し、引き抜いて見せた。中は空洞のそれは、ただの籠手にしか見えない。
王はぎょっとして目を見開いた。周囲の護衛騎士や側近達も、それを見て一斉に息を呑んだ。
「魔力で動かせる義手です。このお陰で、以前と同じく兵としての役割を果たせるようになりました」
誇らしげに義手を見るエドモンドに、王は信じられないといった表情で問う。
「そのような物、いったい誰が作ったのだ? 魔道具研究所からの報告には無かったぞ!」
この国の産業の中心は魔道具の販売、輸出だ。王もそれに力を入れている。
研究員の待遇は良く、個人のアイディアは法で守られており、盗作は重罪。一つでも特許を取れば一生生活に困らない。だから申請も出さず個人的に魔道具を融通する馬鹿はいないのだ。
そして今回エドモンドが見せた義手は、とんでもない価値のあるものだ。
戦や魔物討伐で手足を失った騎士、兵士は多くいる。そのせいで、有能だが一線を退いた者もいる。
その者達にこれを使わせれば、戦力アップは間違い無いだろう。魔道具には魔石が必要だ。魔物を狩れる人材は多いほど良いのだから。
「この義手は、腕を無くし、仕事も生きる気力も無くした父親のために、私の娘が作ってくれた物です。まだ9歳の娘が独学で成し遂げました」
エドモンドにはこの発言で、王から引き出したい言葉があった。
「9歳の娘が独学でだと? まさかそのような……そなたの娘、魔法学園に入る予定は……いや、平民は入れないのであったな」
王は考えを巡らせ、解決策を見出した。
「来年からの学園入学資格を貴族限定ではなく、優秀な平民の子にも許可することにしよう。本来12歳からの入学だが、そなたの娘は10歳でも入学を認める。来年、魔法学園に入れて基礎から学ばせるがよい」
エドモンドは欲しい一言を王から引き出し、にんまり笑って兵士の礼をした。
エドモンドは今回の謁見にクロエの魔法学園入学の許可をもぎ取ることを決意して臨んだ。
おそらく今回呼ばれたのは王子のために地方への移動を命じるためだっただろう。
第三王子にとって、過去の失態を知る自分は邪魔な存在だろうが、王にとって無能な王子よりも、国益になる優秀な研究員の卵の方が重要だ。勝算はあった。
あとはクロエの頑張り次第だ。学びたいが学ぶ場の無いクロエのために、父として出来る限りの恩返しがしたかった。