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追放

 魔法省監察課に連行されたクロエは、牢屋ではないけれど、それに近い独房に入れられてしまった。容疑は盗作。


「クロエは盗作なんてしていません! する必要も無いですから! もっときちんと調べて下さい。お願いします」

 アリア、レオ、カール、フランツの4人は揃って抗議に来ていた。在りもしない盗作騒ぎを訴えたのは、他ならないダミヤンだったのだから。


「しかしねぇ、訴え通り、クロエの研究室で彼の筆跡のファイルが見付かったじゃないか。君だってその場で見てただろう? 証拠があるんだ、クロエの処分は免れないだろうな。ここへ来ても無駄だよ。君達も共犯だと思われたくなければ、自分達の研究室に戻りなさい。君、彼らを外へ」


 4人はあっさり護衛騎士に追い出されてしまった。ドア前を固める騎士に睨まれて、4人は一先ずアリアの研究室に向った。


「いったいどうなっているんだ? クロエの部屋の入室記録にダミヤンの名は無かっただろう? いつどうやってファイルを摩り替えたんだよ?」


 カールはいち早く入室記録を調べていた。そもそも許可証が無ければ入れないが、念のためにだ。


「ダミヤンの訴えでは、あのファイルを持って図書館に行った時、ちょっと目を離した隙に無くしたと言っていたけど。クロエは暫く図書館には行っていないのよ。行っても目的の本はみんな取り上げられてしまうから」

「それに無くしたという時期も変だな。クロエは俺達の研究室に来てた頃だ。自分の研究室にだって殆ど帰っていなかった筈だ」

「何故クロエがファイルを持っていると分かったんだろう?」

「フランツ、あなたが女の子に話しているのを偶然聞いたと言っていたわ。内容までは聞けなかったけど、そう言う事にされているみたい。あなたも巻き込まれたわね」


 皆どうにかしてクロエの無実を証明しようと知恵を絞っていた。しかし健闘も空しく、拘束されてから二日後にはクロエは魔法省を追放処分とされた。間の悪い事に、王が視察で不在中の出来事だった。


 これにより、今までクロエが作った魔道具はすべて世に出せなくなった。

研究者を優遇し、そのアイディアは法で守られる。権利を持つ者が不在では新たに売る事が出来なくなってしまうのだ。それだけの損をしても、盗作の証拠があがれば処罰される。

 本来なら、盗作犯は牢屋行きのうえ魔道具の権利も取り上げられてしまうところなのだが、クロエのこれまでの実績で、その処分は妥当ではないと判断されての追放処分となった。

 たったの二日でなぜかスピード解決となった理由は、クロエが平民で、ダミヤンが侯爵家の息子であるが為である。大して調べもせず、クロエを追い出す事でハリス侯爵家の名誉を守っただけの事であった。



 追放処分を言い渡されたクロエは、来た時と同じく、鞄一つを持って研究所を出た。アリア達からの見送りは辞退して、裏口からひとり魔法省を後にする。遣り残した事があるのを悔やみ、振り返って建物を見上げた。


「親方との約束を果たせなかったわ……もうすぐ15の誕生日だったのに」


 あの日、親方が9歳のクロエに言った言葉を、もうすぐ実現できるはずだったのだ。




『親方、この金属は親方が使ってください。剣やナイフを作れば売れると思います。ここまで協力してもらったお礼です』

『クロエ、他人のアイディアを盗むのは、この国じゃご法度だ。いくら一緒に作業したって、こいつはお前さんが考えた物だろ。お前さんが成人したら、こいつの製法を魔法省に申請して、それから俺に譲ってくれ。わかったな?』

『成人て……あと6年も先じゃないですか』





 あの時偶然できた「刃物に使える金属」の申請書と製法を記した書類、製法とこの金属に関する権利を鍛冶屋のダンに譲渡する旨を記した書類は、魔法省に入った時すぐに用意していた。今それは鞄に入っている。魔道具研究所では、自分のやりたかった事はやりきったクロエであったが、それだけが心残りだった。魔法省への出入りが禁じられた今、それは不可能となってしまった。


「待って、待ってクロエ!」


 裏口から魔法省を出たクロエを追ってきたのは事務のサラだった。彼女は30代のクールな印象の女性で、貴族でありながらクロエ達を差別しない貴重な存在だった。


「サラ様、どうなさったんですか? 何か書類に記入漏れでも?」

「ハァハァハァ……ごめんちょっと……息を整えさせて、ちょうだい。ふぅ、ふぅ……」


 どうやら事務所から走って来たらしい。息を切らしたサラは、膝に手を付いて肩で息をしている。


「これ、持って行って」


 サラ様に渡されたのは、二つ折りにされた紙。中には人形工房の住所とイザーク・リトバルスキーという名前が書かれていた。


「今、そこで手伝いを探しているの。良ければ行ってみてちょうだい」

「このために走って来てくれたのですか? サラ様、お気遣い有難うございます。ここへ勤め始めた頃から、サラ様には本当にお世話になりました。早速行ってみますね」


 サラ様に感謝して、クロエは紙に書かれた住所を頼りに人形工房へ向った。


 父さんに心配掛けたくないから家には帰れないし、あとで宿を取らなきゃね。それにしても、サラ様のお陰で就職先が決まりそうで良かったわ。



 工房は職人街と貴族街の中間にあった。クロエの家も職人街だが、こちら側には来た事が無かった。おそらくアレだろうと思われる店舗の前では、なにやら揉め事が起きていた。クロエは手前で立ち止まり、その様子を窺った。



「お前に用は無い、出て行け。二度と来るな」


 工房のドアから綺麗な女性が追い出されている。追い払われていると言うべきか。こちらに向って歩いて来る女性と思わず目が合うと、キッと睨まれてしまった。

 ちょっと気まずいと思いながら、工房のドアを開けた。すると中には先ほどの声の主が居た。カランという音と同時に、彼はとても不機嫌そうに私を見た。


「今日はもう閉めるつもりだ。悪いが出直してくれ」


 彼は今まで見た事もない様な美形だった。甘い雰囲気のフランツとは正反対の大人の男性の色香が漂う。黒い長髪は高い位置で一つに縛り、紫の切れ長の目を吊り上げさせている。長身で痩せて見えるが袖を捲って見えている腕の筋肉から、かなり鍛えている事が窺えた。


「魔法省のサラ様から、こちらで手伝いを探していると聞いて来ました」

「……サラの紹介か。ならば間違い無いだろうな。どういうわけか、募集をかけたら先ほどのようなチャラチャラした若い女ばかりが来て困っていたところだ。お前、名は何と言う?」

「クロエと申します。雇っていただけますか?」


 彼はクロエを上から下まで見た後、無表情で頷いた。


「いつから働ける? 出来れば住み込みで家事も頼みたいのだが」


 住み込みとは都合が良い。家事は得意だ、問題無い。


「今日からでも働けます」

「俺はイザークという。ここの職人兼オーナーだ。お前の部屋はこっちだ、ついて来い」


 イザーク様は家名があるという事は貴族なのだと思うけど、何故こんな所で職人をしているのかしら? それに少し神経質そうな方ね。姿が綺麗な分近寄り難い雰囲気だわ。


 案内されたのは建物の一階部分。二階は彼の私室と客間があるのみなので、用は無いから上がってくるなとの注意を受けた。

 工房の奥の扉をくぐるとすぐ左に二階と地下へ繋がる階段があり、階段下スペースにバスルーム、廊下の先右手に台所、正面突き当りが勝手口、私は左手にある部屋に案内された。ドアを開けると思ったよりも広く、センス良い家具の入れられた部屋だった。


 最近まで誰かが暮らしていたのかしら? 直ぐに生活出来そうな程整えられているわね。


「先週までマチルダという女性が居たのだが、孫の世話をしに田舎へ帰ってしまい困っていた。悪いが荷物を置いたら早速始めてくれないか。掃除は通いの小間使いにやらせているから、台所を頼む」

「はい、畏まりました」


 クロエは荷物をチェストの横に置き、早速台所へ向かった。


「うわぁ……」


 とても使い易そうな台所だけど……。


「ここで何か事件でもありましたか? この惨状はいったいどうして……」

「自分で食事を用意しようとしたら、鍋の中身が爆発したんだ。何故そうなったのか分からない。これを片付けて、昼食の用意をしてくれ。食材はその食品庫に入ってる。足りなければ、これで買い足して良い」


 ジャラリと硬貨の音がする皮製の巾着袋を渡された。たった今雇うと決めたばかりの自分に、いきなりお金を持たせるとは思わなかった。クロエは戸惑いつつもそれを受け取った。

 そして室内をじっくりと見る。鍋で何を煮たら、こんな血肉が飛び散った様な事になるのか。壁も天井も赤黒い液体が飛び散った跡が残っている。


 きっと小間使いの人も掃除を嫌がったのね。


 クロエは気持ちを切り替えて、壁に掛けられたマチルダさんの忘れ物だろうエプロンを借りて腕まくりする。


「イザーク様は、好き嫌いありますか? 昼食のリクエストがあれば、承ります」

「いや、好き嫌いは無い。任せる」


 イザーク様はそれだけ言って工房を閉めに行ってしまった。


 良し、まずはこの殺人現場の様な台所の掃除を始めよう。

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