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雨もしたたる良い河童(旧)  作者: 卯ノ花実華子
第二章 お風呂と涙と居候
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 違う違う、絶対に違う。そんなわけ、あるわけないって。いやだって! いやいやいや、どう考えたってないね。ないね、ないない、そんなのない。いやもう、これっぽちっもないね。あたしが出島さんにときめいたなんて、有り得ない。


 それは、認めるよ。出島さんの顔が異様に整ってるのも、あたしが好きな小説から抜け出してきたみたいな容姿なのも、認めるよ。出島さんの指があたし好みなのも、笑ったときに出来る鼻の皺が可愛いのも、目を細めるときの前髪のかかりかたが絵画的なのも、全部事実だよ。


 わかった! わかったってば! あたしを見るときの出島さんの目線が優しいのが心地良いと思ったり、出島さんがあたしに触れると電流が走ったみたいになったり、あたしの言動にいちいち笑顔でリアクションを返してくれるのがいちいちツボだったり、出島さんが近付いてくる度に鼻をくすぐる匂いで心臓が跳ね上がるのも、認めるよ。認めるってば。


 でも、考えてみて。


 あの容姿であの顔で、あの声で、中身が河童なんだよ? いや! もとい、自称河童の変態なんだよ? そこまでわかってて、ねえ。おまけに水に濡れると、手がぬめるんだよ? 肌が緑色に発光するんだよ? クラスにも変わったこっていうのはいるだろうけどさ。それとは、次元が違うじゃない? 正気の沙汰じゃないよね、あの出島さんに、見た目だけならともかく中身も薄々知っているのに、ときめいちゃうなんてさ。


 だから、ありえない。もうこれは、絶対に絶対に、絶対の確率で不可能だって。


 出島さんの手を引いて歩いた廊下は、いつもの数千倍長く感じた。居間に着くなりその手をふりほどいて、あたしはそそくさと自室に戻り、着替えを掴み取ると皺が出来そうなくらい強く握って、お風呂場に猛ダッシュした。願わくば、居間の扇風機の前に寝そべっていたたすくが、熟れたトマトのようなあたしに気付いていませんように。


 泥だらけになった服を洗濯機の中に放り込んで、お風呂場で体と同様にどろどろになっていた髪を洗う。あたしの髪は、濡れると先っぽがくるんとカールする。一応鎖骨下までの長さなんだけど、こうなると肩に触れるか触れないかまで縮むのだ。厄介な髪。


 湯船につかって、ふうと息をついた。やっぱりお風呂は良いなあ。諸々のストレスで硬くなった体をほぐすように、お湯の中で色々体を動かしてみる。気持ち良い。そうしているうちに、先程の恥ずかしさが蘇ってくるようだった。


 本当に、何でこんなことになっちゃってるんだろう。あたしってば、ただの恋に恋する乙女の筈だったのに、こんな短期間で、キスはするわ溺れるわお姫様抱っこはされるわ、泣くわ叫ぶわ怒鳴るわ、挙げ句の果てには自分からキスをして全裸男に抱き締められ、それでもまだ足りずにその全裸河童男と手を繋いで、あろうことかどきどきしちゃうし。


 ん? どきどき?


 いやいやいや、してないしてない。どきどきなんてしてないっすよ! してないしてない。金輪際しない。それは、また意味が違うか。じゃなくて! してない、してない! 絶対に……。





 お風呂に入ったせいか、それとも頭の中から出ていってくれない河童のせいか、のぼせあがったあたしは降参して脱衣所に出る。のろのろと体を拭いて、のろのろと着替えに袖を通して、のろのろと廊下に出て、のろのろと居間に向かう。


 ああ、何だか憂鬱。


 廊下を可能な限りゆっくり歩きながら、ここで夢オチなんてことが起こらないだろうかと切に願った。ま、現実ってのはそうは甘くはないわな。


 居間に入ると、二つの頭がぐるんと勢いよくこちらを向いて、それは見事なシンクロナイゼーションでこう叫んだ。


 「姉ちゃん、このひと、河童!」

 「うららさん、たすくさんが!」


 もう、勘弁してよ……。十代とは思えない皺を眉間に深く刻んで、あたしはため息をつく。一難去ってまた一難。

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