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雨もしたたる良い河童(旧)  作者: 卯ノ花実華子
第二章 お風呂と涙と居候
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 ここで強調したいのはね。


 出島さんの皿が乾いたのは、道すがらはしゃいでいた彼自身の責任だってこと。尻小玉がなくなったのは、岡崎から奪ったやつを、あたしの言葉を封じるのと岡崎を操るのに使ったからで、それだって出島さんの大いに自己中心的な目的のためだし。何より、そんなわけわからん体質なのは、断じてあたしのせいではない。


 なのに虎視眈々とあたしから尻小玉を抜こうと狙っている出島さん。あんまりにも鬱陶しいので、あたしは無視を決め込むことにした。どうせ喋れないんだ。無視してたって、何してたってそんなに変わらないって。


 マイペースのくせに構ってちゃんなところのある出島さんは、この攻撃が苦手らしい。腰にしがみついてくる彼を振り切って、浴槽を洗い始めたあたしの後方から、尚もすがりついてくる。お前は軟体動物か!


 「うららさ〜ん、無視はやめてください、無視は。僕はうららさんとお話するのが好きなんですよぅ。うららさんが、僕が河童だってことを認めざるをえない状況に面したときにみせる、理性と直感の狭間で悩む姿が好きなんですよぅ。僕がたま〜にとんちんかんなことを言ったときにみせる、呆れた顔が好きなんです。そして、その後に見せる、仕様がないわね的な笑顔が好きなんです。だから、僕と話してください。無視はやめてくださ〜い」


 どさくさに紛れて、変態発言をする出島さんに、肩越しに冷たい視線を送ってやる。


 「あ! その目! その目も好きです〜」


 やっぱり、真性の変態か。


 腰にくっついたややでかすぎるポシェットが邪魔だが、あたしは無理矢理体を動かすと、シャワーヘッドに手をかけた。スポンジを戻して、泡のついた浴槽をシャワーで流してやる。ま、出島さん程度がお風呂に入るんだから、別にぴかぴかでなくても良いでしょ。シャワーヘッドを床において、浴槽の詮を閉めると蛇口をひねってお湯を出した。


 出島さんって、お風呂は熱いのが好きなんだろうか、それともぬるいのが好きなんだろうか。


 お湯がだぼだぼを流れていくのを見ながら、そんなことを疑問に思った。だが、ここで出島さんを見ては、またこの変態がつけあがってしまう。すでに一度、無視出来ずに許してしまった前科があたしにはあると言うのに。


 「僕、お風呂はちょっとぬるめが好きでーす」


 能天気な声が、でかめのポシェットから発せられる。


 そうか、と納得して、お水の方の蛇口もひねる。


 ん? 何で、あたしの頭の質問に出島さんが……。


 「だって僕、さっきからうららさんの思考を読んでますもん。そうでもしないと、うららさん今は話せないから。でもこれって、結構尻小玉を使っちゃうんですよね。はぁはぁ。ああ、何だか目の前がくらくらしてきました。うう! 苦しい……。うららさん、僕もうだめかも……。折角うららさんが用意してくださる、僕好みのぬるいめのお風呂に、是が非でも入りたかったのに、それももしかしたら叶わないかもしれません…。何という悲劇! 残念でなりません。これも、あと少し、あと少し! 尻小玉があれば!! しかし、この場にはうららさん以外には、生きものがいないという辛い現状……。ほんの少し、ほんの少しの尻小玉さえあれば、僕はお風呂に入れるのに。ただのお風呂じゃなくて、うららさんの入れてくださったお風呂に入れるのに! これを遺憾と言わずとして、何と言いましょうか。あ〜、尻小玉、どっかに落ちてないかなあ」


 少し冒頭に戻って欲しい。頭の悪いひとでなければ判るはず。出島さんが尻小玉がないのは何故? 自分で無駄遣いをしたから。底をつきかけている尻小玉を、更に使わないといけない羽目になったのは何故? 自分で蒔いた種だから。そもそも、何の因果で、尻小玉などというわけのわからない物質に頼って生きて行かなければいけないのは、何故? 出島さんが、自分が河童だと言い張るから。


 と、いうわけで、あたしはまたも肩越しにツンドラ地帯の冷気を目から送ってやる。目がしっかり合ったにも関わらず、出島さんは苦しそうに目を閉じて、なかったことにした。この、チキン河童! 鳥河童! 鶏河童!


 立ち上がったあたしの腰回りに、出島さんの長い腕が巻き付いている。時代劇とかによくありそうな構図。いかないでおくれ、お前さん! 離してくんねえ、あっしには、行かねばならないところがあるんすよ……。ってか。にしては、性別が逆なのが気になる。明らかにあたしが男役じゃんか。


 「うららさん……」


 か細い声で呼ばれて、あたしは下らない妄想から目を覚ます。気付けば、あたしのお尻あたりにほっぺたをくっつけた出島さんの姿があって、それだけで怒髪天を衝くってものだ。が、その顔が妙に土気色をしているのが気になって、とりあえず蹴り倒すのは控えた。


 回された腕を取って外そうとすると、案外するりと離れる。すぐにだらりと地面に落ちそうになるその腕を支えると、力の抜けた出島さんの体はお風呂場のタイルに倒れ込もうとするので、あたしは脇の下に手をやってそれを阻止しなくてはならなかった。お、重い……。出島さん、細身だけどやっぱり男のひとなんだな。


 とりあえず、あらん限りの力で上半身を引っ張ると、出島さんの顔があたしの首の上に乗っかかった。そうなると、なし崩し的に体全体をあたしの体で受け止めることになり、無論、そんな力持ちでもないあたしは脇の下にやっていた手を背中に回して、浴槽からの蒸気で濡れてきたタイルで足を滑らせないようにするだけ。それも長くは保たず、結局、あたしは出島さんを抱えたまんま、床に座り込む羽目になった。


 も〜。


 ちっと舌打ちでもしてやろうかと思い、それすらも音が出せないあたしには不可能なのだと気付く。忌々しい。


 浅く、 脆弱ぜいじゃく な呼吸音が、耳元で聞こえる。ゴキブリ並みにしぶとく、雑草のように立ち直りの早い出島さんにしては、やっぱりこれはおかしい。演技かとも思ったが、それにしては上手すぎる。出島さんの演技って、すごおく見え見えなんだもの。


 河童なんて。河童だなんて。出島さんが河童だなんて、本当は認めたくない。河童が存在するっていうのは、良いの。河童がいても、天狗がいても、あたしは構わない。ただ、出島さんが河童だってことに、どうもあたしは拒否反応を起こしてしまうみたいだった。それがどうしてかはわからないけど……。


 それでも、自分の目でみたものは現実だろうと思うし。河の中で緑色に光ってた出島さんも、見間違いとかではなくて、本当に緑色だったんだろうし。出島さんがアブノーマルだってことも、意外と趣味が悪くて卑怯なこともするってこともわかったけど、ただ、嘘だけはついていない気がする。


 決して、あたしが出島さんを河童だと認めたわけではない。でも、出島さんが尻小玉が必要だっていうんなら、それは本当なのかもしれない。そして、出島さんの言う通り、ここにはあたしと出島さん以外に、いきものはいない。更に、あたしは尻小玉を受け渡す方法をひとつしか知らない。


 まったく。一体どこをどうしたら、こんなことになってしまうんだか。


 誰に愚痴をこぼしていいのかわからずに、あたしはお風呂場の天井を見やってため息をついた。参ったなあ。


 出島さん?


 そう呼びかけてみるけれど、ぐったりとしたままの出島さんからは何の反応も返ってこない。


 知らんぷりしてるんなら、やめてくださいね?


 だめ押しで、そう凄んでみるけれど、やっぱり無反応。


 龍神様、下手すると、恨むよ!?


 物騒なことを思ってから、あたしは意を決して背中に回した手に力を込める。引くよりも押す方が力が入れられると理解して、両手を出島さんの胸に置くと、ぐぐっと一気に押した。もうすでに荒くなった息のまま、片手で出島さんが倒れてこないように胸に手を置いて、もう片方の手で、出島さんの顎をつかんだ。


 閉じられた出島さんの瞼は陶器のようで、それを縁取る睫毛はいやに長く。苦しそうな息を吐き出す口はうっすらと開いていて、あたしはしばしそれを見つめた。ややあって我に返ると、思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。


 は! だ、断じて、欲情しているわけではないからね。緊張しているだけ!


 自分も目を閉じ、一度深呼吸をする。スカイダイバーの心境で、あたしは出島さんの口唇目がけて顔を寄せた。


 神様、仏様、龍神様!

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