ワインレッドの心・後編
カウンターへ戻ったメリューさんは、すぐにお客さんを訪ねる。お客さんはジンジャーポークとワインを食していた。ワインはもう殆ど空で、ジンジャーポークはまだ半分近く残っている。
「どこに行っていたのよ、ワインのお代わりが欲しいのだけれど」
「大変申し訳ありません。今、お持ちいたします」
メリューさんは頭を下げて、すぐに代わりのワインを持ってきた。そのワインを開けると、ボトルに注いでいく。
「……ありがと」
そう言ってワイングラスを傾ける。
「……お言葉ですが、もし何か悩みがあるのであればお話しいただけませんか?」
「え?」
ワイングラスを置き、ジンジャーポークを一口。
なおも話は続く。
「話をすれば、もしかしたら落ち着くかもしれませんよ。もちろん、強制は致しませんが……」
「……そうね。あなたの言う通りかもしれない」
そう言って女性は話を始めた。
やはりというかなんというか、予想通り、女性は男性に振られてしまったのだという。そして、ヤケ酒のためこの喫茶店に入ったのだとか。
「……ほんとうはもう少しいろいろとあったはずなのだけれどね。何というか、そういうものをすべてすっ飛ばされた、というか? そんな感じ? アハハ、笑っちゃうよね。何でこんなことになっちゃったんだろう……。私、あんなに彼のこと愛していたのに」
「……心情、お察しします」
メリューさんはそう言って、女性の空になってしまったワイングラスにワインを注いだ。
女性はそれを見て頭を下げるとまた一口飲んだ。
「ありがとう。ありがとう。……なぜあのようなことになってしまったのでしょうね。悲しいわよね。どうしてそんな簡単にすてることができるのかしら」
「まだチャンスはありますよ」
「え?」
「頑張っていれば、またいつか同じようなチャンスはあります。ですから、諦めないでください」
メリューさんの言葉に、女性は何度も頷くとワイングラスに残っていたワインを飲み干して、残っていたジンジャーポークを早々に食べ終えると、ふらふらとした様子で立ち上がった。
メリューさんはそれを見て、慌ててカウンターを飛び出して女性のもとへと向かった。
「大丈夫ですか」
女性はその言葉に小さく溜息を吐いた。
◇◇◇
後日談。
というよりもただのオチ。
あのあと女性は泣くだけ泣いて、泣くまで泣いて、お代を支払って帰って行った。
メリューさん曰く、もう落ち着いたと思うから気にすることもないだろう――とのことだったけれど、問題はどうしてメリューさんがそれだと解ったのかということ。やっぱり気になってしまうのは、ちょっと当たり前のようなことにも思えた。
メリューさんは言った。
「やっぱり同じ女性だからかしらね……。何となく、同じだな、って思っちゃうのよ。そうしてそこから解るの。今、こんな思いを抱いているんじゃないか、って……。やっぱり、経験しないと解らないことかもしれないけれどね」
経験?
それってもしかして――。
「おっと、これ以上は言わないでおこうかな。私のプライバシーの問題にも繋がるし」
そう言ってメリューさんは裏方へと逃げていった。
まあ別にそこについて詳細を聞くほど暇でもないし、追及するつもりもなかった。
解決したのならばそれでいいし、これ以上こちらも何かする必要もない。
「ねえ、ケイタ。このお皿ってどこにあったやつだっけ?」
「それは……えーと、コーヒーカップの隣にある棚だよ。というか、それ前も質問していなかったっけ? 別に覚えてくれ、とは言わないけれど、もう少し質問を減らしてくれると俺の負担も減るんだけれどなあ……」
サクラが入ってきてまだ日は短いからそんなことはただのワガママかもしれないけれど、でもワガママくらい言わせてほしい。
……まあ、それを一人前にさせるのも、先輩である俺の役目なのかもしれないけれど。
そう思って俺は溜息を吐くと、今までのことをやるべく既にサクラがあたふたしているカウンターへと向かうのだった。
エピソード22 終わり