『血』肉の料理・前編
エピソード19
ヴァンパイア。
またの名を吸血鬼と呼ばれるそれは、人の血を吸うことを食事としている種族。
……と、大層な説明をしたけれど、実際俺もそれくらいしか知らない。フィクションでは良く登場している、と言うくらいかな。
さて、どうしてこんなことを話しているとすれば――。
「血が足りぬ。……おい、そこの店員、血を吸わせろ」
「それはちょっと出来ない注文ですね、申し訳ありません」
カウンター席に座っている一人の女性のことが原因だった。
純白のドレスに身を包んだその女性は、見た感じで高貴な出で立ちであることが理解出来る。
しかし今は気が立っているのか、八重歯を見せて頻りにあるものがやってくることを気にしている。
もう理解出来ている人も多いかもしれないが、彼女は吸血鬼だった。それも、吸血鬼の王国に住む、それらを統べる女王だった。
なぜそのような人が居るのか、ということについては割愛しておこう。ボルケイノに入るための扉は世界各地に点在しているため、入ろうと思えばどの世界からも入ることが出来る。
そうしてその女性は何名かのお付きとともに入ってきて、開口一番こう言った。
『血を寄越せ』
あいにく、そのようなメニューも無いし、流石に血を提供するわけにもいかない。誰の血を与えればいいのか、って話になるし。
そういうわけでメリューさんを筆頭に血を提供することについては拒否した。
しかし、代わりにメリューさんはこう言いのけた。
「血を提供することは出来ませんが、血に関する料理であれば提供することは出来ます。それではダメでしょうか?」
「血に関する料理? 食べることで血を吸収するという類か?」
「そういう類ではありませんが……恐らく血を提供出来ない私たちの最善策であると感がられます。そしてこれは……そうですね、折衝案とも言えるでしょう」
「折衝案……か。解った、ならばその料理を貰おうか。ただ、私は現状血を欲している状況にある。急いでくれよ。そうでないとこの女子の血を吸うてしまうかもしれない」
そう言って女性はサクラを見つめた。サクラは怖がってしまい、声をあげてしまうところだったが、すんでのところでそれを抑え込んだ。
「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください。……お付きの方々にも同じメニューを提供して問題ありませんか?」
「ああ、問題ないとも。いいから早く料理を作ってくれ。私は調理には疎いが、それなりに時間がかかるのだろう? ならばここで無駄話をしている場合ではないだろう?」
「そうですね、お気遣いありがとうございます」
お辞儀をしてメリューさんは厨房へと向かっていった。
記憶の再生、終了。
因みに、ちょうどこの出来事があったのが、十分前くらいのことになる。にもかかわらず、すでに女王様はイライラしている。カルシウムが足りないのではないだろうか? そんな冗談も言えないくらい緊迫感あふれる空気に包まれていた。