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初めての客人・結

 私は我慢し続けずに、無視し続けずに、母の味を食べなくてはならなかった!

 それを理解したのは、実家から送られてきた、母の死亡通知を見てからの事だった。

 母が死んでも、私は母が死んだとは理解できなかった。

 親族にはそれを指摘され、それどころか帰ってこなかったくせにと言われる。

 どうしてだ? 私が都会で働くことが決まって、母は一番喜んでいたのに! 親族も全員で喜んでいたではないか!

 だが、そんなことを言っても無駄だった。それどころか私の心を締め付けるだけだった。


「……どうなさいました?」


 それを聞いて私は我に返る。どうやら馬鈴薯一つ食べたところで感傷に浸っていたようだ。……私らしくない。だが、この煮物の馬鈴薯にしみこむ味、とても懐かしく、美味しい。


「済まない、ライスを頂けないだろうか」


 こんなさびれた雰囲気の喫茶店にライスは無い――普段の私ならそんなことを想って居た。

 だが、私はあると思っていたのか――それともそんなこと眼中になかったのか、普通に注文していた。


「はい、どうぞ」


 そのメイド、メリューは私がライスを注文するのを理解していたのか、私の前にライスが盛り付けられた平皿を置いた。

 箸を使ってライスを一口。ああ、マキヤソースの味が濃い。だからライスが進む。絶妙なバランスだ。本当に素晴らしい。


「この煮物、君が作ったのか?」


 私はメリューに訊ねる。


「ええ」


 メリューは笑みを浮かべた。その笑顔が――また母と重なった。

 気付けば、私の目から涙が零れていた。


「お客様、大丈夫ですか?」


 しかしいたって冷静に、メリューはおしぼりを私に差し出す。

 私はそれを受け取り、涙を拭う。


「済まない。つい、あまりにも懐かしくて……」

「大丈夫ですよ。ここはそのようなお店でもありますから」


 そして私は食事を再開する。

 これが永遠と続けばいい――私はそう思った。



 ◇◇◇



「御馳走さま」


 後ろ髪を引かれるような悲しい表情で、男は立ち上がった。ちなみにヒリュウさんはまだプリンアラモードを食べている。本日二杯目。いつも通りだ。


「ありがとうございました。御代は銅貨五枚となります」


 銅貨五枚は、俺の世界で言うところの五百円くらいになるだろうか。まあ、いつもの値段だ。

 それを聞いた男は目を丸くする。


「そんな安くていいのか……? いいんだぞ、別に。銀貨五枚の間違いじゃないのか?」


 銀貨は銅貨二十枚分の価値がある。即ち、男が提示した値段は一万円相当。

 そんな大金、頂くことは出来ない。


「いえ、大丈夫です。銅貨五枚で、お客様の心が満たされたのでしたら」


 渋々男は銅貨五枚を置いていき、出口へと向かう。


「あ、そうだ」


 思い出したかのように、踵を返し俺に目線を送る。


「……どうなさいました、お客様?」

「私の名前はラインハルトだ。また来るときは、よろしく頼む」

「はい。かしこまりました。ありがとうございました」


 俺は頭を下げて、ラインハルトを見送った。



 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノに一人の常連客が生まれた瞬間であった。




エピソード1 終わり

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