メリューさんの異世界珍道中・7(メニュー:チョコバナナ)
「ユウ……ト?」
俺は冷や汗が止まらなかった。
いや、時間は誰しも平等なスピードで流れているはずなのに、今この瞬間——時間があまりにもゆっくりに感じられた。一体全体どういうことだ? あんまり気にしたくないというのに、恐らくは思考を巡り巡らせているからに違いない。この瞬間にもきっと慌てないでも良いように、何かしら良いアイディアを生み出さなければならないというのに。メリューさんたちが見つからないようにする、とっておきのアイディアを——。
「誰? それ、コスプレか?」
「こす……?」
ユウトがコスプレという単語を出した——これはチャンスだ!
俺はメリューさんの言葉を遮るように、話を開始した。
「そう! そう、コスプレだよ! コスプレ! どこのクラスか覚えていないけれど、コスプレ喫茶ってやっていただろ? その面々が来たんだよ」
「コスプレ喫茶って……そういやあったようななかったような」
「あったよ! ほら、確か……二年生だっけか? やっていただろ。ファンタジー世界の喫茶店を基調にした、変わった喫茶店がさ!」
「そういえばあったな。……ってか、よくそこの人間目の前にそんなこと言えるよなー、ケイタ、お前って結構胆力あったり?」
(なあ、ケイタ。これってどういう……?)
メリューさんが空気を読んでか小声で俺に問いかける。
小声で話してくれることが非常に有難い。流石と言えば流石だ。
(メリューさん、取り敢えず今は口裏合わせてください。これ以上、なんか面倒なことになるとそれはそれで大変なことになるので!)
「まあ、いいや。取り敢えず……休憩でもしようぜ? もし席を外した方が良いってんなら、外すけれど」
「いや、そこまではしなくても……」
ともあれ、だ。
メリューさんとリーサのことはこれ以上この世界の人間には知られたくないし、知られない方が良い——そう思っていたのだが。
「……ちょっと甘いものが食べたい」
「……まじか」
リーサはここでも気分屋だった。
俺はその意見を封じ込めることは出来ず、一先ず俺のクラスへと招待するのだった。
◇◇◇
「……どんなメニューがあったっけ?」
クラスに残されているメニューは、そう多くない。
そもそも大量に用意する必要もなかったから——というのはどうかと思うけれど、実際問題、出し物にそんな力を入れるクラスではなかった訳だし、こればっかりは致し方ない面もある。そもそも、このクラスには部活動に入っていない人間は俺とユウトぐらいしか居ないのだし。多分。
「チョコバナナ?」
「そ。皮を剥いたバナナにチョコを塗りたくった食べ物だけれど、これにちょっとばかしアレンジを入れているって訳」
ユウトも誰も居ない、ひとりぼっちのカウンター。
まるでボルケイノじゃないか。
何点か違う点があるとすれば——俺が料理を提供することと、その客人がメリューさんとリーサの二人だということだろうけれど。
さて、そんな戯言を言っていないで、調理に取り掛かろうか。
俺はカウンター裏手にある小さい冷蔵庫からタッパーを一つ取り出す。そこに入っているのは予めカットされているバナナだ。そのバナナを紙コップにいくつか入れる。入れた後は同じく冷蔵庫に入っているチョコレートの液体をかけてチョコバナナめいた何かの完成だ……と言いたいところだけれど、これでは味気ないという女子勢の発言により、スプレータイプのチョコの粒を振りかけることにしている。しかし、そんな細かい気配りもお客さんが来なければ何の意味もないのだけれど。
「……お待ち遠さま」
俺は二つの紙コップを二人の前に差し出した。
「……これがチョコバナナ、というやつ? スマートフォンで見たものとはだいぶ違うような」
「だから言ったじゃないですか。これがアレンジですよ」
ってかメリューさん、スマートフォンで料理の情報収集なんてしているのか?
つい先日スマートフォンを渡したばかりのような気がするけれど、上達するスピードがあまりにも速すぎやしないか。ちょっと末恐ろしいよ。
「それにしてもこの国って料理の種類が豊富すぎやしないかね? よっぽど国民の舌が肥えているんだろうな、って思っているよ。これは嫌味ではなく、尊敬の意味だ」
本当かな?
結構メリューさんはずけずけと人の心を考えないような発言をしてくることが、ごく稀にあるしな……。それこそきちんと治したほうが良いような気がするけれど、ボルケイノって結構守られている特殊な環境に置かれているし。それは寧ろ悪いことでもなんでもない。育ってきた環境が違うから、好き嫌いは否めない——昔の歌手が歌っていなかったっけ、そんなフレーズの歌を。
「どれだけ暇なのか、覗いてみようと思ったら……。これは一体全体どういうことなの?」
教室をひょっこりと覗いていたサクラが、気付けばそこには居た。
「ヤッホ、サクラ。随分と久しぶりじゃない?」
「……何か怒っていますよね?」
「別に。ただ、ちょっと最近シフト入ってくれなくて寂しいなあ、と思っていただけよ。そんなあなたが尽力する文化祭とやら、ちょっとばかし気になっちゃうじゃない?」
「行くのは前々から相談していただろ?」
忙しすぎて忘れちまうのも致し方ないぐらい、サクラはこの文化祭に尽力しているけれどさ。
「いや、覚えていたけれど……。まさか本当に来るなんて思わないじゃない」
「え? じゃあ、今までのあれやこれやは全てシミュレーションの話で、現実ではないと思っていた訳?」
「そりゃあそうでしょ。……ただまあ、来てくれたのなら全力でおもてなししてあげないとね。それがこの国の作法だから」
「へえ? それじゃあ、是非とも受けてみようじゃないか。……ケイタとサクラ、二人のおもてなしとやらを」
何でそっちが強気でいられるのかは不明だが——ま、これもこれでありかな。
大事にさえならなければ良いのだから。
そう思いながら、俺はサクラの分もチョコバナナを作ってやろうと思いつつ、冷蔵庫の扉を開けるのだった。
◇◇◇
エピローグ。
という名の、ただの後日談——こんな言い回しをしたのも、何だか懐かしい気分だな?
あれからメリューさんとリーサはチョコバナナを思う存分堪能した。リーサに至ってはおかわりを要求してきたぐらいだ。まあ、元々余る在庫だったし少しぐらいちょろまかしても問題はないだろう。捨ててしまう食材ならば、少しぐらい食べてもらった方が食材のためにもなる——という若干自分のために捻じ曲げたような理論を頭の中で構築させながら、二杯目を作っていた。
まあ、その結果一杯分のズレをどうするか試行錯誤したのだが——それはまた、別の話。
ユウトについて。
ユウトはあんまりこないだのことを覚えていなかったようだ。リーサ曰く、記憶阻害魔法の概念も取り込んでいるらしく、直接触れることさえしなければ思い出に残ることはないんだとか。何だその便利ツールは。
という訳で、ボルケイノにもいつも通りの日常が戻ってきた訳だけれど……。
「……それにしても、疲れたわね」
メリューさんが珍しくカウンターでそう言っていた。確かに疲れの色が見える。
「まあ、異世界ですからね……? そう簡単に疲れが癒せるものでも。俺たちの世界でも他の国は言語が通じなかったりするんで、そうしたら普段の何倍も疲れが溜まったりしますから」
「そういうものなのかねえ……。まあ、いいや。取り敢えず、数日ぐらいで治してやろう。年齢が出てしまうのは良くないし、な!」
……そもそもメリューさんって年齢いくつなんだ? という基本的な疑問が浮かんできたけれど、それは今そこでは質問しないことにするのだった。




