砂漠の国の女王様・後編 (メニュー:トマトの冷製パスタ)
はてさて、俺は何を選んだと思う?
「お待たせ致しました」
お客さんの目の前に、お皿を置く。因みにお客さんはここまでに三杯ほど水を飲み干している。余程喉が渇いていたのだろうし、そこをどうこう言う筋合いもない。というか、そこまでの喉の渇きなら、脱水症状の一つや二つ、出ていたかもしれないな。
さて、俺が選んだメニューはというと……。
「これ……は、麺類……?」
水分を取っているとはいえ、未だ頭がふらついている様子だ。まあ、仕方ないかもしれない。熱中症を予防するためには水分だけではなく塩分やミネラルも確保しなければならない、というのは結構な常識であるし。
「……あの、これは、どう食べれば……?」
「別に、どう食べて頂いても問題ありませんよ。食べるルールなんてもんは、ボルケイノには存在しませんから」
「そうですか……。それなら」
そう言って、フォークを手に取るお客さん。
フォークを使う文化はあるようで良かった。
もしくは、見た目でそれとなく使い方を気付いたのかな?
そうして、お客さんはパスタをフォークの上に載せると、何とか口にそれを運んだ。
「……しょっぱい、ですね」
ファースト・インプレッションは塩気だったようだ。
しかし、それは寧ろ好都合と言えるだろう……。何故なら、お客さんが一番欲しい成分こそ、塩分だからだ。
熱中症になった人間に必要な物は、二つある。
それは水分と、塩分だ。
ミネラルもあるけれど、それが手に入らない場合は、塩分だな。まあ、塩分もミネラルが多分に含まれているらしいけれど。
「しょっぱい、ですか」
「ええ、しょっぱいです。けれど……、美味しい」
塩味の中にも、美味しさはある。
メリューさんの作る料理の中では、塩分は強い方だと思う。
メリューさんもそこは意識して多めに塩を入れた——と言っていたし。
「しょっぱい以外に……味はありませんか?」
「味……。ええと、とても爽やかな味がする、かも」
最初は疑問を浮かべていたようだけれど、しかし美味しいと分かったからか、休む暇なくパスタを口に運んでいく。がっついていないのは、やはり何処かの王族なのだろうか? 丁寧なマナーを持っているのは、王族なり貴族なりが多いらしい。あくまでも、異世界だけの常識だけれど。
「良かった、こんなに美味しい料理を食べることが出来て。……実のところ、私は心配していたのです」
心配?
まあ、しても仕方はないかな……。何せ、どういう外観は知らないけれど、明らかに料理店があるような環境ではないところの扉を開けたら、まさかの料理店が入っていた――ってことなのだから。
どんな料理が出されるか分かった物ではない、などと思うのはある意味致し方ないことなのかもしれないな。
「死ぬかもしれない、というときに……こんなお店を見つけて、食べた料理が美味しくて、生きていることを実感する……。それはほんとうに素晴らしいことだと、思うのです」
「それは、もう……」
有難い言葉だ。
きっとメリューさんが聞いていりゃ、料理人冥利に尽きると思うのかもしれないけれど。
どうしよう、シェフ、呼んどく?
「私は、王国の……まあ、良いでしょう。ここが、私の知っている世界とは何処か違う世界であることは、何となく理解していますから」
「……分かりますか?」
「ええ、理解していますよ。ここは、とても良いところです。落ち着きます……。どういう仕組みでここに繋がっていたのかは分かりませんけれど」
それは、俺も説明は出来ないかな。
仕組みは実は誰にも分からない……はずだ。
もしかしたら、あまり多くは語らないティアぐらいは、知っているのかもしれないけれどね。
「回復したようで、良かったわね」
あら、メリューさん。
珍しくカウンターに姿を見せてきた。基本的にお客さんとの応対中は、決して表には出てこないはずなのにね。
「流石に私だって心配はしていたからね? 熱中症で倒れられちゃ困るし……」
「そうですか。お気に召したようですよ、今回の料理。……ええと、何でしたっけ?」
「冷製パスタ?」
ああ、そう、それそれ。
メリューさんもほんとうに何でも作れるよな……。驚きだよ、作れない料理なんて、何一つとして存在しないのではないだろうか?
「それは言い過ぎだな。幾ら私でも、完璧ではない。作れない料理だって、作りたくない料理だってあるさ」
作れないのは分かるけれど、作りたくない……?
いったいどういう意味なのだろうか。メリューさんの過去はあんまり聞いたことないし、質問しても教えてはくれないのだけれど、存外それが絡んでいるのだろうか。
まあ、些末なことだ。
そんなことを気にしていたって、別に何かが変わる訳ではないのだし。
いつかは聞いてみたいところではあるけれどね。
◇◇◇
後日談。
またの名をエピローグとも言う。
お客さんはあれから奇麗にパスタを食べ終えて、おまけのデザートも食べていった。デザートは……何だったっけな、確かティラミスだったと思う。エスプレッソもついてきていたけれど、流石にコーヒーは人を選ぶからなぁ。苦いので飲めないとは言っていたけれど、ティラミスを食べたら多少は舌が慣れたみたいだ。
お金を置いて、お店の名前を聞いたお客さんは最後にぽつりと呟いた。
「……私の国にも、こんな料理店があれば良いのに」
「国?」
「私、これでも王様なんですよ。一国の主……というと、かなり立派なイメージはありますけれど、さしてそんなことはなくて……日々、鍛錬していますけれどね」
……どうしてうちって、王様とか貴族の心も掴んでしまうんだろうか?
まあ、答えは分かっているんだけれどさ。
その思考を締めくくるように、扉はゆっくりと閉まり――そして、世界との繋がりも切れた。




