砂漠の国の女王様・中編 (メニュー:トマトの冷製パスタ)
キッチンに足を運ぶと、既に三種類の料理が並べられていた。お皿に盛り付けられた料理はどれも味付けが濃そうだ。色味が濃いだけで味付けも濃いなんて決めつけられないけれど、それでも味付けが濃いだろうと決めつけたのは、理由があった。
「やっぱり塩気が足りないんですかね?」
「おっ、そこに目が行くとは流石だねえ。伊達に長年喫茶店のウェイターをしていないか」
それは馬鹿にしている? いやいや、そんな訳があるまい。メリューさんなりの褒めってところだろう。
しかして、先ずはこの料理について説明をしてもらいたいところだけれど……。
「あの症状からするに熱射病の類いだと思う。熱射病というのは、重症になってしまうと簡単に死んでしまう……非常に厄介な病気だ」
熱射病――高温多湿の環境に長く置かれたことから、体温の調節が十分に出来なくなって起こる病気……だったかな? 保健の授業で習った記憶がある。
その主な症状としてあげられるのは、体温の著しい上昇だろう。
それからさらに発展すると、頭痛や目眩、はたまた意識障害なども現れることがあるという。
今のお客さんも、そういう症状を抱えている、と?
「水を大量に飲んでいただろう? あれはあれで良いように思えるかもしれないが……、残念な対策ではある。何故だか分かるか? 人間の汗というのは、ミネラルと水で出来ているからだ」
ミネラルという概念は異世界でも通用するらしい――余程科学技術が発展していない世界ならば、それも通用しないかもしれないが、少なくともこの第666次元軸では通用する。だから、メリューさんもそれに関する知識を身につけている、という訳だ。
「では、ミネラルを補給するには?」
「やはり、一番簡単にそれが可能になるのは塩分かな。塩にはミネラルが豊富に含まれているよ。だからこそ、簡単に補給しやすく様々な調理法が開発されている。……それを体現してみたのだけれど、何だか上手くいかなくてねえ」
「そうですか? 見た目は結構よさげですけれど……。それぞれどんな料理なのか、というのを教えてもらうことは」
「それは嫌だね。何故なら、どんな料理か分からないが美味しそう、をモットーにしているからだ。分かるだろう? それについては」
「まあ、確かに……」
ボルケイノは、お客さんが一番食べたい料理を提供する――それがモットーだ。故に、メニューは存在しない。たまに何も知らずに入ってくる一見さんで、メニューを持ってきて欲しいと言うお客さんも居るけれど、毎回お断りをしている。
お断りというよりかは、このお店の紹介――とでも言えば良いか。
で、大抵紹介すると、それで納得してくれるのが落ちだったりする。落ちというか納得してくれないと困るところもあるのだけれど、まあ、それはそれ。
「じゃあ、料理ですけれど……食べて感想を言えば良い、ということですか? それでどれが一番良いかを選択する、と?」
「そうだよ。そして、それによって何を提供するかが決まるから」
責任重大じゃないか。
それによって何かダメージがあったとしても、俺は何にも責任取れないけれど?
「別に責任を取れなどとは一言も言っていないけれどな? まあ、ケイタが勝手に責任を取ってくれるのなら、止めはしないが」
「そんなこと、する訳ないでしょう。俺はただの学生ですよ? 金銭面で責任なんて先ず取れません」
「はっはっは、冗談だよ。私がそんなことさせるとでも思っているのか?」
……少しは疑いましたよ、少しだけ。
「まあ、たとえ失敗したとしても……、それはケイタが悪い話ではないよ。私がお客さんを満足させられなかった……、ただそれだけのことだ」
いや、まあ。
そうなのかもしれないが……。
「ま、とにかく食べてくれ。どれもこれも美味しいのは間違いないよ。後は、どれだけ満足出来るか、それに尽きるかな……」
さて。
そう言われてしまったからには、さっさと料理を食べてどれが良いかチョイスしなければならない。きっとお客さんもお腹を空かしていることだろう。であるならば、これ以上の余計な時間を掛ける必要はない。
一つ目の料理は、黒かった。黒いドロドロとした液体の中に、具材が混ざっている。完全に沈みきっていないところや山形になっているところを見ると、その下には何かしらの食材で山が形成されているのだろう。
一言で言えばカレー、またはハヤシライスが近いかもしれない。
スプーンで掬うと、予想通りルーの下に広がっているライスも掬うことが出来た。少し固めなのが玉に瑕だが、それはそれで悪くない。
一口頬張ると、スパイスの芳醇な香りが口の中に広がった。塩気も確かに感じるけれど、スパイスが主役という感じがする。しかしこれだけスパイスが主張してきておいて、それぞれの味が喧嘩をしていない、寧ろ一つに纏まっているのもまた凄い。アタッカーではあるけれどディフェンスも問題なしみたいな感じと言えば良いだろうか……、伝わりづらいかもしれないけれど。
「どうだ?」
「……結構スパイシーというか、辛くはないんですけれどがつんと来るというか……」
「良いか悪いかで言えば?」
「俺は好きですけれど、食べる相手のことを考えると……」
そう。今回のお客さんは――女性だ。
もしかしたら、辛いのが苦手かもしれない――そう考えると、諸手を挙げて辛いものを勧めることは難しい。
「じゃあ、次はどうだ? 辛く作った訳ではないから、次とその次なら、食べられると思うぞ。勿論、味には好みがあるが、一応お客さんが全て食べることの出来る料理を作っているし、そこに関しては全く疑っていないのだけれどね」
それもそうか――ってあれ? ということは、今俺が食べ比べしている意味は何だ? まあ、もうランチタイムに近いから、別に良いのだけれど……。
と、そんなことを考えながら、俺は残りの二つを食べることにするのだった。
何をお客さんに提供するかは――実際に提供されるまでのお楽しみ、としておこう。




