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(ドラゴン)メイド喫茶にようこそ! ~異世界メイド喫茶、ボルケイノの一日~  作者: 巫 夏希
エピソード66(シーズン4 エピソード6)『そうめんとチキンカレー』
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出張ドラゴンメイド喫茶、南の孤島支店・4 (メニュー:そうめんとチキンカレー)

 正直、間違えてしまったところで何かペナルティがあるかと言われると、そんなことはない。誤ってプライベートな空間を見てしまうぐらいではあるけれど、一瞬見てしまっただけで何かを理解出来るほど、簡単には出来ていないはずだ。


「……しかし、あんまりプライベートを覗かれて気持ちいいことはないからなぁ……」


 だとしたら、やはり失敗は許されない。

 扉は全部で四つあるが――じゃあどれが正解か、という話だ。簡単には導き出せないが、しかし時間が迫っていることもまた事実だ。

 だとするならば、答えは一つ――。


「迷っている暇なんてない……、適当に自分の運を信じるしかないな!」


 そうして俺は真ん中の扉を勢いよく開けた。



 ◇◇◇



 しかし、残念ながら、答えは不正解だった――扉を開けた先にあったのは、質素な佇まいの部屋だった。白を基調としたインテリアに、棚には料理の本が何冊か並べられている。


「ということはここは……」


 メリューさんの部屋、ってことになるだろう――。ったく、一番見たくない部屋に来てしまった感じがする。ボルケイノには中身が分からない店員ばかりが集まっているけれど、その中でもトップクラスで分からないのが、メリューさんだった。

 あんなに料理の腕があるというのに、どうしてメリューさんはこんな辺鄙な場所でメイドとして働いているのか――それは過去の作品を読んで貰うとして、正直それだけではメリューさんのことは語りきれないと思っている。

 語っても、語っても、分からないし分かり合えない。

 ヤマアラシのジレンマ――という言葉がある。ヤマアラシというのは背中に棘を持った生き物だ。お互いが寂しくなって近付いて寄り添ったとしても、それぞれの棘が刺さって怪我をしてしまう。だから、お互いが傷付かない――けれども温もりが欲しい――ちょうどその中間になるだろう、せめぎあいの距離を求めようとする、それがヤマアラシのジレンマだったはず。

 しかして、メリューさんもまたそれに適用されるのではないか――などと最近思うようになっていた。

 メリューさんの人となりを知るのはなかなか簡単ではない。そもそもメリューさん自身が自分を語ろうとはしないからだ。それは別に致し方ないことだし、正味どうだって良いことなのかもしれないけれど、メリューさんが俺達との間に壁を作っているのは、間違いなかった。

 あんな気さくなメリューさんが壁を?

 そりゃあ、そう思うだろう。

 俺だって――俺だって、きっとそう思うし、思わざるを得ないだろう。

 けれども、裏表がない存在なんてありゃしない。

 それが、ドラゴンメイドであろうとも。


「……とにかく、ここに長居は無用だな。こんなところに居るのがバレたら、後で何を言われるか分かった物じゃないし……」


 俺は自らをそう省みて、部屋を後にしようとした――机の上にある、立派な革の表紙のハードカバーの本に目線が向くまでは。


「メリューさん……、日記なんて書くのか? 何というか、ちょっと意外だな……」


 意外も何も、日記を書くことは別に変な話ではない。俺は日記を書くことは苦手だし、仮に書こうとしても三日持つかも分からないぐらいの忍耐力しか持ち合わせていないのだけれど、結構日記を書く人は居るらしい。

 日記の内容は、やはり自分を省みることだろうか。一日のまとめだとか、明日はこれを頑張るだとか、言えなかったことをこっそりここに書き記しておくだとか……、理由はさておき日記を書くと言うことは、自分という存在そのものの確定にも繋がるんだとか。どっかの精神学者が本で書いていた気がする。俺はそれをネットのまとめで読んだだけだったと思うけれど。

 メリューさんの日記。

 それは、気にならない訳がなかった。今まであまり感情を、自分のことを表に出してこなかったメリューさんの人となりを知ることが出来る、貴重な資料だ――それが今、目の前にあるということは、やはり興味を持たない訳がなく、これで興味を持たないのは最早人間ではないと言ってもおかしくはないだろうとは思う。それは即ち、探究心の喪失だからだ。

 しかし……、やはり本当に見て良い物か不安に思うところではある。メリューさんの日記を見てしまったら、自分はもう今までの関係では居られないのではないか――などと思ってしまうからだ。被害妄想ではないだろう、実際に有り得る未来の、その可能性の一つだ。


「……辞めておこう。ここで、日記を見てしまうと――」


 ――きっと、もう、戻れなくなる気がする。

 そもそも異世界に居ること自体が、非日常なのだということを最近麻痺してしまって忘れているような気がする。そして、そこに深入りしてしまったら――それはもう、異世界の住人として認定されてしまうことにも繋がるだろう。そうなると、もしかしたら元の世界にな戻れなくなる可能性すらある。


「……ま、案外俺のことだから、もう戻れなくなっている世界線とかあるのかもしれないけれどさ」


 多次元宇宙、なんてことは信じちゃいない。

 けれども、何処かの世界ではそんなことが有り得たんじゃないか、って話だ。


「メリューさんに怒られる前に、撤退するか……」


 生憎、この部屋に入ったお陰で、シュテンとウラが何処に居るのかは見当が付いた。恐らく二人が住む部屋というのは、防音にしているのだろう。見た目が子供とはいえ、やんちゃな鬼であることには変わりない。ならば、どちらかの方から音が聞こえてきたら、それはシュテンとウラが騒いでいる――ということになるのだろう。


「……にしてもメリューさん、こんな音が毎日聞こえてきたらノイローゼになりそうなもんだけれどな」


 或いはメリューさんがきちんとしつけていて、メリューさんが居ないタイミングで騒いでいるのか。それはそれで賢いが。

 ともあれ、道筋は立った。

 俺は正しい部屋へと向かうべく、メリューさんの部屋を後にするのだった。

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