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(ドラゴン)メイド喫茶にようこそ! ~異世界メイド喫茶、ボルケイノの一日~  作者: 巫 夏希
エピソード65(シーズン4 エピソード5)『オムライス』
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忘れられない大切な味・前編 (メニュー:オムライス)

 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。

 あらゆる世界とも干渉出来る第666次元軸に存在する喫茶店は、ご多分に漏れず今日も暇だった。


「どんな存在にも、思い出の味ってものは存在するだろ?」


 カウンター側の椅子に腰掛けながらコーヒーカップを片手に、メリューさんはそんなことを言い出した。


「そりゃあ、誰にだってあると思いますけれど……」

「ケイタは何がある? 別に笑うことはしないし、卑下することもないよ」


 メリューさんはそう言ってはいるけれど、案外こちらの世界の料理を調べる名目があるのかもしれない。だとしたら、最初からそう言ってくれれば幾らだって料理は教えるのだけれどね。こっちが料理出来るかどうかは、一旦話題から放置するとして。


「……そりゃあ、思い浮かべる料理は沢山ありますけれど、俺が一番思い入れのある味というのは――」


 カランコロン、と入り口に取り付けられた鈴が鳴ったのはちょうどその時だった。

 あまりにもタイミングが良い――そうは思ったけれど、多分メリューさんも思ったに違いない。別に俺は予知能力を持っている訳でもないのだから、いつ鈴の音が鳴るかどうかなんて分かりはしないのだけれど。

 しかし、俺はそんな話の結末よりも――やって来たそのお客さんの姿に、驚きを隠せなかった。

 やって来たそのお客さんは、泥に覆われていた。

 いや、泥……で良いのだろうか? おどろおどろしい液体が常に滝のように流れていて、床を浸してしまう程だ。しかもその液体は直ぐ蒸発してしまってはいるものの、床に痕が残ってしまっている。

 とても掃除が大変そうだ。もしかしたら特殊清掃の人間を呼ばないといけないかもしれない。


「……いら、っしゃい……ませぇ……?」


 そして、入ってから気づいた――鼻が曲がりそうになるぐらいの刺激臭。

 メリューさんを見ると、いつの間にやらキッチンへ逃げていた。逃げ足だけは素早いな……。


「ええと、ご注文は……いや、違う。ここはお客さんの食べたい料理を出すお店になっていますから……」


 説明をしてはみるものの――当然、このようなお客さんは初めてだ――会話が成立しているのかも危うい。

 会話が成立していなかったらそれはそれで大問題だ。もしかしたらこちらにとっては優しい言葉でも相手にとっては厳しい言葉だと捉えられてしまったら――それはもうあまり考えたくはない。


「……おい、ちょっと」


 気づくとメリューさんがキッチンの奥から手だけ出して手招きしている。そんなことをする必要があるなら、顔ぐらい出して欲しいものだけれど、きっとそれぐらい遠い場所からも刺激臭は伝わるのだろう。きつい臭いだと分かっているなら、ちょっとはこっちに肩入れしてくれないものだろうか。

 渋々メリューさんのところへ向かうと、急に服を引っ張られた。何か後ろめたいことでもあるのだろうか?


「……あのお客さんは丁重に持て成せよ。何か嫌な予感がするというか……。具体的には、嫌な予感というよりも選択を誤ると大変なことになると言えば良いのかもしれないが」

「そんなのいつものことじゃないですか。別に、今更どうこう言ったところで……」


 メリューさんの勘は大抵当たっている。というか、正解率百パーセントと言っても差し支えない。もしかして上位存在から何か情報でも得ているのだろうか、などと思ったこともある。まあ、冗談だけれどね。


「……とにかく、ケイタがしなければならないことは、たった一つだ。もう分かりきっているだろう?」


 そりゃあ、まあ。

 俺は単なるウエイターですからね、出来ることは限られていますよ。


「そこまで分かっているのなら、何より。ともかくお前に出来ることはただ一つ――あのお客さんに粗相のないように接しろ。私の考えが確かなら、あれは……」

「何か見当がついているのなら、教えてくださいよ。こっちだって何かしら対策を取れるかもしれないんですから」

「対策……ねえ。そうは言われても、私が確信を持っているやり方なら、ケイタは普段通りの接客をしてくれれば問題ないと思うけれど? 一言だけアドバイスをしてやるとするなら……、絶対に逃げないことだね」

「逃げないこと?」

「例えば、ケイタが異国のお店に入って誰とも話せずに店員にも愛想を尽かされた感じで食事を取るような感じだとしたら、どう思う?」


 そりゃあ、さっさと金を払って脱出したくなるかもしれないな。


「それと同じだよ。とどのつまり、お客様を神様とあがめ奉ることをしなくても良いかもしれないし、お客様を神様だと自ら言うのは放っておいて良いとは思うが、こちらがそれなりに敬意を持って接しなくてはならないということだ。そうすればお互いに気分が良いからな。それを分かった上で、今回の接客に取り組んでくれれば、私は別に文句を言う筋合いはないよ」

「そう言われてもな……。あくまでも、俺はしがないバイトだぜ? そこだけは間違ってもらっては困るというか……」

「バイトでも何でも、給料を貰って働いている以上は、それなりにプライドを持っていないと困ると思うのだが? それともケイタ、お前はそういう価値観で働いていたのか? だとしたら幻滅するね」

「別にそこまでは言っていないだろう……。まあ、良い。とにかくいつもの通りに接客をすれば良いんだな。後はこっちに任せてくれ」


 普段通りの接客をすれば良いのだから、こちらからすれば勝ち戦も同然。

 だから俺は特段何も考えることなく――お客さんの待つカウンターへと戻っていくのだった。



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