母を訪ねて何千里?・6 (メニュー:力うどん)
「……ええと? つまり、どういうことなんだ?」
状況を把握出来ていない訳ではないのだが、整理が付かない。
「未だ分からないの? ……何というか、ケイタの居た世界ってあまりにも平和ボケしていたのね。平和にどっぷり浸かりすぎてこういう状況を理解出来なかったりするのかしら?」
そこについては痛いところを突いてくるね……、まあ概ね同意するといったところだろうか。実際、最近は隣国が戦争をしているというのに国民は平和ムードそのものだからね。そんなこと有り得るのか? って話ではあるけれど、少なくとも感染症の方が重要だったりするのだろうし。
「……そういうものなの? 普通、隣国で戦争が起きていたら軍備を強化するものではなくて?」
色々事情があるんだよ、それは。
いつか落ち着いたときにちゃんと話してやるから、今はこの場をどうするか考えよう。
「……どうして気がついたの?」
待ってくれていた少女は、ぽつりとリーサに問いかけた。
「正確には、最初から。けれど、確信に変わったのは……ついさっきかな」
ついさっき?
一体いつのタイミングだったのだろうか。
「……はあ、ケイタ、いつまであなたはそう思っているのかしらね?」
「平和ボケしているのは重々承知の上、だよ。何せ隣国が戦争を吹っかけても特段自分事にしない国だからな」
まあ、色々な問題があって声を大に出来ないのかもしれないけれどさ。
俺だって、あの国の平和ボケっぷりがヤバイことぐらいは分かっている。どれだけ平和な世界だって、大なり小なり諍いは起きるもんだっていうのに、それが絶対に起きないという謎の自信がある人間が多過ぎるんだからな。
……閑話休題、話が逸れに逸れた。
「……やはり魔力が分かる人間は連れて行かない方が良かったのかもしれないね。今更気付いても、時を戻すことは出来ないのだけれど」
少女は深々と溜息を吐いた。
「しかし、このまま進めるのも難しいのかもしれないし。いや、どうしたら良いのか」
「何故、あなたはこの世界を作り上げたの? ……概ね、予想は出来ているけれど」
リーサの問いに、少女は答えなかった。
答えたところで何も変わらないと悲観していたのか、或いは答えの内容を吟味していたのか――それはその表情から感じ取ることは出来ないのだけれど、とにかくここから脱出することを最優先にしなくてはならないとも思った。
「答えないのなら、話を進めてあげる。……きっとあなたは、友達が欲しかったのでしょう?」
「友達?」
友達が欲しいために、こんな空間を作ったのか? だとしたら狂っている。
「……狂っている。そうね、確かにその通りかもしれない。けれど、私にはこれをするしか道がなかったの。貴方達にあれこれ言われるつもりは何一つないわ」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
問題はそこだ。
しかし感じからするとそこまで少女は敵対心を持っているようには見受けられない。何というか、こちらに助けを求めているような気も……。
「……そういうところは直ぐに理解出来るのもどうかと思うけれど、まあその通りね。実際、この子は敵対心は持ち合わせていないでしょう。持っているならば、もっとこちらに悪影響を及ぼしてもおかしくはないんですから。でも、それがない。寧ろ、この状況でさえも容認しているとするならば……」
「……少女はこの空間から逃げ出したい、と思っている?」
見ると、少女はずっと俯いていた。
しかしそうだとするならば、何故もっと早く教えてくれないものなのか……。
「分からないの? 要するに、出来ないように仕向けているのでしょう。精神操作の魔法を使えるのならば、良く有りがちなパターンね。……とはいえ、実際それが何処まで使えるのかなんて考えたこともなかったけれど、彼女に魔法をかけた術者は相当な魔法の使い手であることは間違いない……」
「魔法を解除することは?」
「先ずは魔法を解析しなければ何も始まらない。だから一先ずはここに居てもらうことになるかしらね。だって他の世界に悪影響を及ぼすとも限らないのだし」
「そうか。……でも、仕方ないよな。それしか道筋がないんだったら、それに従うしかない」
「……まあ、私が気になるのはそれよりも何の目的で彼女にこんな魔法をかけたか、ということではあるのだけれどね。簡単に解析するならば、対象が何らかの形で閉じた世界を作り上げて、その後はどうするつもりなのか? 今のところ害はなさそうだけれど、もしかして捕食も有り得たのかもしれないわね。……魔力を作る上で一番手っ取り早い方法が、人間の生命エネルギーだもの」
何か最後は恐ろしいことを宣ったような気がするけれど、これで話が解決するのならばそれはそれで有難い。
とはいえ、謎は幾つか残っているし、今回の事件に関わったことでもっと面倒臭いことに発展しなければ良いのだけれどな。
◇◇◇
後日談。
というよりもただのエピローグ。
何だか長い間話をしていたような気がするけれど、あれからあっさりとボルケイノに戻ることが出来たし、いざボルケイノに戻ってみたら一時間も経過していなかった。
だからメリューさんからは深々と溜息を吐かれた挙げ句、
「……お金の回収はしてきたんだろうね?」
と恨み節を吐かれてしまった。
借金の取り立てが目的ではないだろうに、そんなことは言わないで欲しい。命あっての物種だよ、その辺りも理解してもらえると有難いかな。
少女はあの閉じた世界でリーサによる魔法の解析をかけられることになった。
リーサ曰く、魔法に耐性のない人間だったならば、あれだけの魔法をかけられてしまっては耐えうることが出来ない、とも言っていた。
つまりは、少女にかけられた魔法を解除しようとしたところで、そのまま息絶える可能性も否定出来ない――ということだった。
そんな馬鹿な話があるか、と俺は思った。けれど、魔法という概念は俺の住む世界には存在しない概念だ。だったら俺が考えられる予想を遥かに上回る難易度があるだろうしハードルもあるのだろう。
「リーサ、あの子はどうなるんだ」
「殺すつもりもないし死なせるつもりもないよ。私の魔法の研究には使えることだろうし、それ以上に……どんな術者が彼女に魔法をかけたのか気になるじゃないか? 年端もいかない少女に、永遠とも言える呪いをかけたんだ。未だ呪いをかけたばかりだったか或いは未熟な術式だったからか、不完全に終わってしまったがね」
リーサは、静かに怒っているような気がした。
俺も同じ気持ちだ。しかし同時に恐怖もあった。
その存在は、一体何の目的で少女に魔法をかけたのか――少なくとも今の俺達には、それを推理するためのパーツがあまりにも少なすぎるのだった。




