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消毒は大事なプロセス・前編

執筆は2021年なので、多少の誤差はあります。

 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。

 異世界唯一のドラゴンメイドが経営している喫茶店だ。異世界とはいえども、そこに使われている技術はどの世界で作られているのかさっぱり見当もつかない。どの異世界とも繋がっていない第666次元軸に存在しているその喫茶店は、行きたい人が行きたい時に特定の場所にここと繋がる扉が生まれる……何言っているんだろうな、俺は。けれど、それが正しいんだから何も言い出せない。そういうもんなんだよ、お約束ってやつ。


「いったい誰に向かってそれを言っているのかさっぱり分からないんだけれどな、ケイタ。消毒は終わらせたのか?」


 そう言ったのは厨房担当のドラゴンメイド、メリューさんだった。目つきは鋭く、目の下には今日も夜更かしをしたのか、立派なクマが出来ている。しかしそれ以外は整った顔立ちをしており、恐らくクマを隠す化粧をしただけでもそれなりにモデルとしてやっていけるんじゃないかななどと思ってしまうぐらいだ。実際、出るところは出ているし。

 そして彼女のスタイルをさらに引き立てているアイテムが、メイド服だ。メイド服について詳しく知っている訳じゃないのだけれど、黒のワンピースに白いフリルのついたエプロンという、まったくもってスタンダード(何処から判断して、というのは言わないでおく。インターネットを調べれば、今ではどんなメイド服だって出てくるのだし)なそれをみにつけている彼女は、給仕たる風格を見せつけていた。


「ちゃんとやっていますよ、消毒くらい。……ってか、別に入り口で消毒させりゃ良くないですか? 今は別に足踏みペダルをつけておけば消毒液を塗布出来る装置だって簡単に作れるみたいですし、それでも良いような気がしますけれど」

「それを異世界の住民が簡単に理解してくれるかね? ほんとうならば、ケイタ、お前だってマスクをつけて接客をしてほしいところなんだぞ。それにしても困ったものだな、どの世界でも感染症というのは」


 そう。

 俺が机なり椅子なり、人の触る場所を消毒している理由は、俺の住んでいる世界にて大流行している感染症が原因だった。

 とはいえ若者に感染したところで重症化するリスクは非常に少ないらしいのだけれど、問題はそうじゃなくて、そこから誰に感染するか……といったところだった。つまり、俺が無症状で感染していたとしたら、多くの人間に感染させかねない。

 しかも、ここにやって来る客は異世界に住む存在であって、感染症のこととか衛生に関する知識が十二分にあるとは考えにくい。

 感染症が爆発的に感染してから、一年以上が経過している。その間に緊急事態宣言、イベントの中止、オリンピックの延期、史上初の無観客でのオリンピック開催などなど……、俺たちの暮らしは恐ろしいぐらいに変貌を遂げていった。首都一極集中の暮らしも変貌せざるを得なくなって、田舎に物件を買う人も続出したらしい。テレワークしても良いのなら、別に都内に住む必要ないじゃん、って考えらしいのだけれど、それはそれで納得。田舎の方が色々と安いし、空気も美味いだろうし。不便ではあるだろうけれど、車さえ持っていればそこについては解決するだろうしな。思えば俺の家の周りも引っ越した人がぼちぼち出てきているし、今後はそういう風になっていくのだろうな……。


「無観客というのは、どうなんだろうな? 確かケイタの話によれば、オリンピックとやらは全世界の人間が熱狂するイベントなんだろう?」

「すごかったですよ、色んな意味で。……そもそも緊急事態宣言が伸びた時点でオリンピックをまともに開催出来る気配は微塵も感じなかった訳ですけれど、それを逆手に取って、VRと3Dをフル活用していましたよ。チケットを購入したらVRゴーグルを貸し出して、それをつければまるでスタジアムに居て協議を見られるんですからね。……ってか、何で今までこのスタイルが導入されなかったのか不思議で仕方ないぐらいですよ。しかもVRゴーグルはゴーグル開発会社からの無償提供らしいのでチケット代は現地で見る料金と大して変わらないし。次のオリンピックもそうなるんだったっけな? 確かにそれが良いでしょうしね。わざわざそこまで行かなくても見られるんですし」

「でもそこで見た方が、熱気というのを感じられるんじゃないか? それはどの世界だろうと関係ないと思うが」

「どうなんですかね。そういうことを考えているのは少数派だと思いますけれど。それに、わざわざそのために海外旅行出来るのはあの世界じゃお金持ちぐらいなもんですよ。サラリーマンで働いているうちじゃ、海外旅行なんて年に一回出来れば良い方。そもそもそこまで余裕がなかったりしますし。感染症が流行してからは旅行を誰もしたがらなくなりましたからね……。とはいえ、VRはあまり発達していなかったし。いや、発達というよりかは持っていなかったというのが正しいのかな? ゲーム用のゴーグルとかは販売されていましたけれど、それを一般社会に活用することはあまり考えていなかったそうですから」


 因みに我が家もその周りもサラリーマンしか居ないため、海外旅行なんて出来やしないのだ。国内の旅行だって……、どれぐらいやっていないかな。感染症が流行し始めてから何もしていないから、もう二年ぐらいか? それまではちょっくら近所の映画館や公園にでも……、ってことは良くあったのだけれど、映画館ですら行っていないからな。色々見たい映画は多かったのだけれど、いくら感染対策をしっかりしているとしても、やっぱり怖いものは怖かったりする訳だし……。考えすぎなのかもしれないけれど。


「考えすぎなのは確かだろうよ。映画館、というのがどういうものか知らないけれど……、確か皆で集まって一つのものを見るのだろう? だったら密になってしまうのも致し方ないような気がするし、そういうことを理解しているのならば運営だってそれぐらい配慮してくれそうなものだけれどな……。それとこれとは話が違うのかね?」


 うーん、どうなんだろうな。そればっかりは見当がつかない。映画館は一応密にならない対策をしてくれているのだろうけれど、やっぱり未だに映画館といえば皆が密接して一つの映画を鑑賞するってスタイルが何十年も定着していった訳だから、それがいきなり変わるとは考えにくい。映画館で最初に映画を公開するスタイルから、インターネットの動画配信サイト限定で配信するスタイルへ変えた映画も出てきていたけれど、どれぐらい成功しているのやら。


「……ケイタの世界は、進んでいるようで進んでいないような気がするよ。確かミルシアの居る国ではもう少しちゃんとした検疫がされているんだったかな?」


 ミルシアというのはうちのお得意さんであり、とある国の王女でもあった。我が儘が非常に多いため、毎回手を拱いている。……拱くのは俺よりもメリューさんか。

 


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