表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/254

食材とスパイスと、もう一つの価値・後編

「愛情……。下らん、そんなものがスパイスの一つになりえる、だと? そんなことは絶対にありえん」

「なぜそう言える? それは自分が愛情を受けていなかった、その裏返しか?」


 その発言に、男は何も言い返せなかった。

 メリューさんの話は続く。


「この店は私が引き継いだものだ。そして、そのとき私はこう言われた。『この店を継ぐのなら、料理は愛情をもって接せよ』と。当時はその言葉がどういう意味を持ち、そして何を意味するのか解らなかったが、ここで過ごしていくうちに理解できたよ。私なりの料理、『その意味』をね。料理というのは食べた人の心を幸せにしていくものなんだ。それくらい、解らないかしら?」

「愛情……幸せ。下らん、下らん、下らん! ただ美味さだけを追求していればいいのだ、料理というのは! 貴様の発言はそれを冒涜するような発言だ!」

「でも料理人は誰もかれも、それを追求していると思うけれど? ……そして、幸せになった対価にお金をいただく。それは十分に理に適っていることだと思うが」

「そんな……。そんなことは認めんぞ。ありえない!」

「ありえない?」


 メリューさんはそう言って、あるものを指さした。

 それは、男の目の前にある皿だった。


「それじゃ、空っぽになっているそのお皿はどう説明つけるつもりだ? 美味かったのだろう、美味しかったのだろう? そうじゃなければ完食なんてしないものね」

「これは……!」


 今度こそ。

 今度こそ男は何も言えなくなった。

 そして男は立ち上がり、そのまま出て行った。


「……ああいう人間って、すぐ考えを改めようとはしないのよね。実際問題、これが正しいことなのだけれど、それと自分の生き方を客観的に比べることができない、とでもいえばいいかしら? 悲しい生き物よね、人間って。ほんとう、ここで人間の姿をまともに見ることができてつくづく思うよ」


 そう言ってメリューさんは少しだけ悲しい目をした。

 何か深い闇を抱えているような、何か悲しい過去を抱えているような、そんな目だった。


「まあ、いずれ解ってくれるよ。本当の料理とは何たるか、を」


 そう言ってメリューさんは戻っていった。

 おれは皿を片付けようとしてそれを持ち上げた。


「あれ……?」


 すると皿の上に紙幣が数枚置かれていることに気付いた。とてもじゃないが、これはあまりにも多すぎる。カレーライス一杯、いや、五杯でも足りないくらいのお金だ。

 それを伝えようとしてメリューさんのいる厨房へ向かおうとしたが――ひとまず、これはあとで報告することにしよう、そう思った。まだ営業時間ということもあるし。






 ――後日、このお店がその世界で『隠れた名店』として紹介されることになり、客足が普段よりも増えたのだが、それはまた別の話。






エピソード5 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ