ヤマアラシのジレンマ・中編
「おかしいんだよ。どう見ても。他人を嫌っている感じがする」
「そうか?」
「そうだよ。入った時の俯いた表情、席に座ってからの溜息、メニューを探す動作、恐る恐る君に声をかけたこと……どれも当てはまる。『他人を嫌っている』というのは少々言い過ぎかもしれないが、少なくともそれに近い何かはあると思う」
「それに近い何か……ね」
俺はよく解らなかった。まあ、同じ人間だと解らないことが多いのかもしれない。ドラゴンと人間という異なる種族同士だからこそ、見えてくるものもあるのだろう。たぶん、きっと。適当なことを言っただけだが。
さて。
それじゃ、どうすればいいだろうか。
メリューさんが停滞期に入っているとのことだから、僕としてもどうにかする必要があるだろう。
実際問題、メリューさんが料理を作らなくては何も始まらない。なぜならここは料理を提供する場所だからだ。
「決めた」
メリューさんは目を瞑っていたが――そう言って、目を開けた。
「どうしました?」
俺はメリューさんに問いかける。
「ケイタ、あなた時間を稼いでもらっていい? 出来れば、十分程度。コーヒーをサービスで出していいから」
「もし、コーヒーを嫌いだといったら?」
「それ以外でも構わない。とにかく、彼の行動をもう少し吟味したいのよ。彼には何かある。私の勘が、そう囁くのよ」
そう言って俺の後をついていくメリューさん。……まさかほんとうに見に行くというのか? とはいえ、飲み物なんて希望を聞かないと解らない気がするけれど。年齢が若く見えることもあるし、コーヒーを一概に好きだとは言えなさそうだし。
「どうぞ」
取りあえず先ずはコーヒーで様子を見ることにした。
少年の前にコーヒーを差し出すと、少年はそんなもの注文していないと言いたげな表情を浮かべて――正確に言えば疑問を浮かべているように見える――目を丸くさせていた。
俺はその質問を予測していたので、すらすらと用意してあった答えを述べていく。
「サービスですよ、お気になさらず。……もしかして、コーヒーが苦手でしたか? でしたら、別の飲み物に変更することも可能ですが」
「いえ。大丈夫です」
必要最低限のことしか言わなかった。
そして少年は目の前にあるミルクとシュガースティックをそれぞれ一個(シュガースティックの場合は一本と数えるので、一概に一個とは言えないが)取って、それをコーヒーに入れる。スプーンも目の前に置かれているのでそれを取って混ぜ合わせる。一面の黒に垂らされる一筋の白と結晶の堆積物がスプーンによって黒と混ざり合っていく。
そう時間もかからないうちに、コーヒーは濃い茶色へと変化を遂げる。
「いただきます」
静かに、聞こえるか聞こえないか解らないくらい微かな声で彼は言った。
そしてコーヒーを一口啜った。
ふと、厨房を眺めるとメリューさんの姿は無い。……まさか、さっきのやり取りだけで何かを見出したというのか?
まあ、メリューさんの問題が解決したのならばそれでいい。あとは料理が出来上がるのを待つだけだ。そう思って、俺は先程洗っていた皿を拭き始めた。