四日目 現世も常世も門ばかり (9)
――大道屋敷出立の刻だ。
昼下がりの大道屋敷から、我々は旅立たんとしていた。
大道数清は、名残惜しそうに捲くし立てる。
「紬はん。気をつけておくれやす。宮廷の貴族には、まだあんさん達を恨んでる連中もょうさんおりますさかい。ここだけの話、わての本家さんの大道家当主、大道幾絵様、あんさんのこと悪く言いますや。気をつけるに越した事はないでっしゃろ。もう三十年上も前やというのに。人の恨みは恐ろしいでっせ」
大道数清は偉い興奮した様子だ。
「承知でしょうや。十分気をつけましょうかや」
それはもうと数清は何度も頷く。
数清は、屋敷の門前で、我々の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
我々は再び都に向かって駆けた。
――殻根の関所。
殻根の関所は立派な石造りの門からなる建物だった。
関所を囲む様に建物がそびえる。自然の中に、厳つい建物があるので矢鱈目立つ。
かなりの遠くから関所は確認することができた。
この関所の監視塔なんどは、地上から凡そ百米(百メートル)程もある。
そこから、役人が鋭い双眸で、地上を睨みつけるのだ。役人も、数十名は配備されており、関所を越えることは至極困難であろう。
大勢の兵士が厳重な装備で警備を発展させており、彼らは背に、大筒・腰には剣を備えている。彼らの気迫も、こちら側にひしひしと、伝わってくる様だ。
人も汽車も此処を通るもの等しく、役人の検査を免れない。
そして此処、殻根の関所で足止めをされていた。
僕の容貌と黄泉の手形が、不審なものとされてしまったのだ。
――なんてことだ。
「すまぬな。改め方が戻るまで辛抱だ」
偉そうな、関所の長。
改め方とは云っても、類は多岐に渡るが、今ここでは物の怪の検査を専門とする者のことだ。
それは、黄泉に縁のある家系が代々引き継いでいることが多い。
黄泉の縁ある者と云えば、物の怪に近い存在だ。
中には物の怪の形の者だっている。
――古来より、現し世は人の世であった。物の怪は、そこに蔓延る負の念が、原因となりこの地に集まった。
物の怪は、人・獣・樹々・或いは人工物なんどに宿り存在している。
物の怪は、あらゆるものに宿る可能性を秘めているというのが現在の定説だ。
だから、今の世、物の怪なんぞ珍しくないと、云っても宿らなければ生きて生けない物の怪は蔑まされるのである。
「お待たせ致しました」
しばらくすると、そいつは、悠々と部屋に入ってきた。
改め方の男であろう。長身の痩せた男であった。頭に二本角が生えている。成る程。
男は、おもむろに座る。
「この者だ」
関所の長は、首を曲げ頭で此方を刺す。
「目的はなんですかのう」
「黄泉より主の命で、九尾狐の骸を一部を譲り受けに参りました」
――帰らぬ仲間の様子も視ておきたい。
これは云わなかった。
「ほほう。それは難儀な。難しいかもしれないな」
「ほ……?」
「いや、行けばわかることです。手形よろしいか?」
手形を渡すと、男は何やら呟きながら念じた。
すると、手形が微かに光が纏い、黄泉の象徴である紋が赤く浮き上がった。
月読家の家紋である。そんな仕組みがあるとは知らなく、驚いたものだ。
「ふむ。本物だ。お返しますよ」
男は、有り難そうに、拝んで僕に手形を返した。
「驚いたようですな。大抵は知らんのです」
男はにやにや笑いながら云った。
建物の外にでて周囲を見渡すと、紬の姿あり、此方に手を振る。
どうやら紬と、もう暫く旅を続ける事になりそうだ。
なにせ、現し世は右も左もわかりませんもので助かります。
「もう、すぐ都でしょうや。それに、ここからは黄国本領ですや。因みに、先までは、大道分領。大道数清殿の治めなさる土地でしたでしょうや」
「はぁ……」
そうは見えなかったが、あの肥えた男は、お偉い方だったのか。
「この先、都まで汽車に致しましょうや」
それには僕も大賛成である。
三月三日改稿