四日目 一バン安心の宿 後編 (8)
――四日目。
僕は、紬と共に大道数清の屋敷で部屋を借り一晩身体を休めた。
もう外は明るく、鳥の囀りなんどが聴こえる。昨日は、紬と話し込んでしまったお陰で、この国歴史を少々聞くことが出来た。
――昨日の晩。
「黄国・朱国・蒼国・白国・黒の五つの大国が中津国を治めているでしょうや」
「我々は、今何処に?」
「なにをおっしゃいますやら。黄国でしょうがや」
紬に呆れられる。
「五国の中では……。まあ、やや安心な土地でしょうなや。都を離れれば、保証は致しませんが」
「現し世の物の怪はどう暮らしているのだ?」
「服従・共存・敵対、色々ありますや。物の怪には、専門家が立会いその度判断しますや」
「ほう。強いのですかな専門家と云う奴は」
「それはもう。古くから物の怪討伐の要職でしょうや。上泉家を筆頭とする十二家、十三妖家とも十三傑とも云われておりますなや。そうですなや、度々出てくるもので、全てを含めたものを黄国十三傑と致しましょう。」
「承知! 紬殿も、そこに含まれているとか」
「ええ。昔は」
「やはり! ……昔?」
「その話は後にいたしますや」
「はぁ」と頷く。
「黄国十三傑は左右に分かれますや」
「左右?」
「はいな。簡単に云えば、右の天声六傑は貴族代表。左の地声六傑は庶民代表でしょうや」
「細かい内訳は? 参考までに」
「そうですな。いずれ会う事もあるかもしれませぬなや」
紬が眉間に皺をよせる。何時も、笑顔なのに珍しい。よからぬ思い出があるとみたと邪推する。
「右に、安土・大道・不知火・丘・鏑木・望月で六家。左に室町・京極・冷泉・六角・左牛女・壬生で六家……ですや」
彼女は指を屈めて数えながら名前を順番に正確に挙げた
ようやく室町の名がでた。
「御察しの通りでしょうや。私も含まれていたのです」
当主は夫でしたがと付け加え、紬は深い溜息。手先で着物から伸びる紐を弄っている。
「私を含めた、地声六傑のお役目は、天声六傑の守護ですや。それはに命を賭ける」
「命? 偉い方が、命を賭けるのでは無いのですか」
「通例はそうですが。この場合は逆でしょうや」
さて、と居住まいを正して紬は語る。
「その頃、九尾狐が都で暴れ出しますが、結界のお陰で、都の外周で暴れるが精精でしたや。黄国十三傑のお陰で、九尾は都の外へと追いやりましたや。辺りは狐様の死骸だらけですや」
「人間優勢ですな」
頷きながら聞く僕に、彼女は「そこまでは」と念を入れる。
「一人の幼子が、妖狐に取り憑かれ亡くなったことが始まりでしたや。その幼子は、死にの際、『我 復讐ノ時 来タリ』。そう喋ったのですや」
「我とは、勿論、狐でしょうな」
「ええ。そして、地声六傑の方々が、軒並み祟り殺されたのでしょうや」
暗い表情をしめす紬の拳が硬い。
「主に分家でしたがなぁ。左牛女家だけは、本家様も狙われたでしょうや。お陰で、後継者も途絶えて仕舞われた」
「狙いは、復讐だけでないのでしょうな。この後も何か」
「後日、九尾狐らが攻めてくるのですが、以前の様には、いきませんや」
紬は、深い溜息を他所へ向けた。
「九尾の思惑通りに事が運んだのでしょうや。九尾が現れた時、お役目を忘れて、我々は九尾に戦を挑むのでしたや」
「我々?」
「地声六傑。我々でしょうや」
「天声六傑とやらは、何処へ?」
「上泉家のお屋敷でしたや。皮肉なことに、先の事件の話でしたや。我々を強固な結界の内に住まわせ、安全を護ろうかや」
「そんな、都合よく行きますか?」
「いいえ。無理でしょうや。貴族街は、歴史が古いですから。当然、話し合いは平行線で、不毛な議論でしたや。そして、我々は貴族らを忘れて、狐様と戦いましたでしょうや」
「ですよなぁ」
「――狐の尾が一本切り落とされていたのですや」
「何かありそうですな」
「ええ。それが戦を抜け出して、急いて此方に向かう貴族の面々の首を薙いだ」
「それは大変なことに」
「私は、怪しみ、戦を抜け出し向かったときには、貴族の方々の骸があるばかりでしたや」
「全員?」
「いいえ。椿様が亡骸を前に呆然としておられましたや。因みに、宗達様は、何時もの様に、屋敷にお残りになりましたや」
椿様は、宗達様の長女ですと付け加える。
「その椿様は、大事なく?」
「錯乱しておいででした。襲い掛かりなんどされた。私も仕方なく応戦したのですや。お陰さまで深手を負いました」
「紬殿に? 錯乱しているとは言え、かなりの手練ですな。主だから、紬殿も全力を出せなかったに違いない。九尾狐が憑いているわけでも……」
ここまで云って気付いて紬をみると、彼女は深く頷いた。
「ええ。九尾の尾が、椿様に入っていったことを見逃しやしません」
「今何処へ。椿様は……」
「今は都で、一線を退いた宗達様に代わり、黄国十三傑を束ねておいでや」
「――九尾は、椿としてまだ生きている?」
「そうなりますな。ただし、この事は他言無用にお願いします」
――今は、まだ時期ではない。
彼女は、確かにそう呟いた。
「とりあえず、九尾、八尾といったほうがよろしいかや。狐は、散々に槍で貫かれ、動かなくなりました。世間でいう、九尾を討伐したといったところでしょうや」
僕は、紬の話に固唾を飲んだ。
紬の口から、隠された真実が、浮かび上がり驚かされる。退治したとされていた、九尾狐はまだ生きて、都を影から掌握せんとする話は、にわかに信じられるものでは無いが、彼女は真剣であった。
その後、散々に、射られた九尾の骸の傍らで、紬ら地声六傑以下五五名は、主・宗達に叱責を受ける。
――愚か者共が! 貴様らは何と闘っていたのだ!
憤慨する上泉宗達。
――申し訳ございませぬ。我らが、不覚の致すところ。一同、死んでお詫びを!
――ええい。罰してどうなるものか! 今や貴様らは、曲りなりにも勲功をたてた。大勲功じゃあ!
――申し訳ございませぬ! 何としたらよいことか!
――大体が貴様らさえ、眼を離さなければ! ええい、もう良い!下がれ!追って沙汰を待て!
――ははっ!
そんなやり取りであったそうだ。紬の語りが上手であった所為なので、視ていない僕の脳裏にも、何となく想像できてしまう。
「――結局我々は任を解かれまして、野に下ったのでしょうや」
「退治したのに、そういう裁決かー」
「いえ。任を解かれるまでが、ご沙汰でしたや。野に下ったのは、まあ我々の意思でしょうな」
「貴族連中が何か云ってそうだな」
「ええ。余りに収まりがきなないもので、我々は都を去る決断をしたのです。危うく家が無くなりそうになったのは、貴族様方ですからや」
こうして紬たちは、貴族連中に卑怯者と呼ばれながら、都を去ったのである。
なんて奴らだ酷いものだ。
そして御話は、紬たちが都を去って六年後。
「皆、一所に集うことは無いと思っておりましたが、意外な所で再開を果たしましたや。不動の里でしょうや」
「ん。どうしてそうなった」
「黄応大和王様の王命でしょうや。新たに物の怪討伐の要職をおつくりなさった。我々が都を去ってすぐのことでしたや。不動の里は造り始められていたのです。初めから我々を、里に閉じ込めるつもりですや」
「閉じ込める? 穏やかでない」
「ええ。自惚れる訳ではありませんが、我々の力は、その気にさえなれば、都に脅威になりましょうや。ですから、管理しておきたいのが本音でしょうかや」
成る程、一理ある。
「里の筆頭は、紹介しましたな。百地団破様ですや」
「あの爺様か。敵方なのか味方なのか」
「味方ですや。大恩あるおかた故」
紬は、「今の所は」、と補足した。
「紬殿は、今、里で何のお役目?」
「生徒に、物の怪を征服する術を指導していますや」
「生徒。ははぁ。不動の里は、育成機関の様なものなのだね。だから紬先生かー」
里に居るとき、紬が子供にそう呼ばれていたことを思い出す。
「ええ。不動の里は、成功の例が一つですや。情報網を各地に広げ、荒ぶる物の怪の鎮静に成功したのですや」
「物の怪には、恨まれてそうだ」
「正確には、物の怪に関わるもの全てに、恨まれていましょうや」
「星の数ほどいるな」
「先の刺客も、それらでしょうや。心当たりをあげればきりがありませんや。ただ――」
紬は畳を見つめている。ひょっとしてら虚空を視ているのかもしれない。
この頃の僕にさえ、これから起こる事件の裏に、九尾狐がいることを、感じさせざるをえなかった。
三月三日改稿