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物の怪之宴(もののけのうたげ)  作者: 柊喜一
第一章 邂逅編
8/38

四日目 一バン安心の宿 後編 (8)

 

 

 

 ――四日目。

 僕は、紬と共に大道数清ダイドウカズキヨの屋敷で部屋を借り一晩身体を休めた。

 もう外は明るく、鳥の囀りなんどが聴こえる。昨日は、紬と話し込んでしまったお陰で、この国歴史を少々聞くことが出来た。


 ――昨日の晩。

黄国キノクニ朱国アケノクニ蒼国アオノクニ白国シラノクニクロニクニの五つの大国が中津国を治めているでしょうや」

「我々は、今何処に?」

「なにをおっしゃいますやら。黄国キノクニでしょうがや」

 紬に呆れられる。

「五国の中では……。まあ、やや安心な土地でしょうなや。都を離れれば、保証は致しませんが」


「現し世の物の怪はどう暮らしているのだ?」

「服従・共存・敵対、色々ありますや。物の怪には、専門家が立会いその度判断しますや」

「ほう。強いのですかな専門家と云う奴は」

「それはもう。古くから物の怪討伐の要職でしょうや。上泉家を筆頭とする十二家、十三妖家とも十三傑とも云われておりますなや。そうですなや、度々出てくるもので、全てを含めたものを黄国十三傑と致しましょう。」

「承知! 紬殿も、そこに含まれているとか」

「ええ。昔は」

「やはり! ……昔?」

「その話は後にいたしますや」

「はぁ」と頷く。

「黄国十三傑は左右に分かれますや」

「左右?」

「はいな。簡単に云えば、右の天声六傑は貴族代表。左の地声六傑は庶民代表でしょうや」

「細かい内訳は? 参考までに」

「そうですな。いずれ会う事もあるかもしれませぬなや」

 紬が眉間に皺をよせる。何時も、笑顔なのに珍しい。よからぬ思い出があるとみたと邪推する。

「右に、安土アヅチ大道ダウドウ不知火シラヌイオカ鏑木カブラキ望月モチヅキで六家。左に室町ムロマチ京極キョウゴク冷泉レイゼイ六角ロッカク左牛女サウシメ壬生ミブで六家……ですや」

 彼女は指を屈めて数えながら名前を順番に正確に挙げた

 ようやく室町の名がでた。

「御察しの通りでしょうや。私も含まれていたのです」

当主は夫でしたがと付け加え、紬は深い溜息。手先で着物から伸びる紐を弄っている。

「私を含めた、地声六傑のお役目は、天声六傑の守護ですや。それはに命を賭ける」

「命? 偉い方が、命を賭けるのでは無いのですか」

「通例はそうですが。この場合は逆でしょうや」

さて、と居住まいを正して紬は語る。

「その頃、九尾狐が都で暴れ出しますが、結界のお陰で、都の外周で暴れるが精精でしたや。黄国十三傑のお陰で、九尾は都の外へと追いやりましたや。辺りは狐様の死骸だらけですや」

「人間優勢ですな」

頷きながら聞く僕に、彼女は「そこまでは」と念を入れる。

「一人の幼子が、妖狐に取り憑かれ亡くなったことが始まりでしたや。その幼子は、死にの際、『我 復讐ノ時 来タリ』。そう喋ったのですや」

「我とは、勿論、狐でしょうな」

「ええ。そして、地声六傑の方々が、軒並み祟り殺されたのでしょうや」

暗い表情をしめす紬の拳が硬い。

「主に分家でしたがなぁ。左牛女家だけは、本家様も狙われたでしょうや。お陰で、後継者も途絶えて仕舞われた」

「狙いは、復讐だけでないのでしょうな。この後も何か」

「後日、九尾狐らが攻めてくるのですが、以前の様には、いきませんや」


 紬は、深い溜息を他所へ向けた。


「九尾の思惑通りに事が運んだのでしょうや。九尾が現れた時、お役目を忘れて、我々は九尾に戦を挑むのでしたや」

「我々?」

「地声六傑。我々でしょうや」

「天声六傑とやらは、何処へ?」

「上泉家のお屋敷でしたや。皮肉なことに、先の事件の話でしたや。我々を強固な結界の内に住まわせ、安全を護ろうかや」

「そんな、都合よく行きますか?」

「いいえ。無理でしょうや。貴族街は、歴史が古いですから。当然、話し合いは平行線で、不毛な議論でしたや。そして、我々は貴族らを忘れて、狐様と戦いましたでしょうや」

「ですよなぁ」

「――狐の尾が一本切り落とされていたのですや」

「何かありそうですな」

「ええ。それが戦を抜け出して、急いて此方に向かう貴族の面々の首を薙いだ」

「それは大変なことに」

「私は、怪しみ、戦を抜け出し向かったときには、貴族の方々の骸があるばかりでしたや」

「全員?」

「いいえ。椿ツバキ様が亡骸を前に呆然としておられましたや。因みに、宗達様は、何時もの様に、屋敷にお残りになりましたや」

椿様は、宗達カミイズミノソウタツ様の長女ですと付け加える。

「その椿様は、大事なく?」

「錯乱しておいででした。襲い掛かりなんどされた。私も仕方なく応戦したのですや。お陰さまで深手を負いました」

「紬殿に? 錯乱しているとは言え、かなりの手練ですな。主だから、紬殿も全力を出せなかったに違いない。九尾狐が憑いているわけでも……」

ここまで云って気付いて紬をみると、彼女は深く頷いた。

「ええ。九尾の尾が、椿様に入っていったことを見逃しやしません」

「今何処へ。椿様は……」

「今は都で、一線を退いた宗達様に代わり、黄国十三傑を束ねておいでや」

「――九尾は、椿としてまだ生きている?」

「そうなりますな。ただし、この事は他言無用にお願いします」

――今は、まだ時期ではない。

 彼女は、確かにそう呟いた。

「とりあえず、九尾、八尾といったほうがよろしいかや。狐は、散々に槍で貫かれ、動かなくなりました。世間でいう、九尾を討伐したといったところでしょうや」


僕は、紬の話に固唾を飲んだ。

紬の口から、隠された真実が、浮かび上がり驚かされる。退治したとされていた、九尾狐はまだ生きて、都を影から掌握せんとする話は、にわかに信じられるものでは無いが、彼女は真剣であった。

その後、散々に、射られた九尾の骸の傍らで、紬ら地声六傑以下五五名は、主・宗達に叱責を受ける。


 ――愚か者共が! 貴様らは何と闘っていたのだ!

 憤慨する上泉宗達。

 ――申し訳ございませぬ。我らが、不覚の致すところ。一同、死んでお詫びを!

 ――ええい。罰してどうなるものか! 今や貴様らは、曲りなりにも勲功をたてた。大勲功じゃあ!

 ――申し訳ございませぬ! 何としたらよいことか!

 ――大体が貴様らさえ、眼を離さなければ! ええい、もう良い!下がれ!追って沙汰を待て!

 ――ははっ!

 そんなやり取りであったそうだ。紬の語りが上手であった所為なので、視ていない僕の脳裏にも、何となく想像できてしまう。


「――結局我々は任を解かれまして、野に下ったのでしょうや」

「退治したのに、そういう裁決かー」

「いえ。任を解かれるまでが、ご沙汰でしたや。野に下ったのは、まあ我々の意思でしょうな」

「貴族連中が何か云ってそうだな」

「ええ。余りに収まりがきなないもので、我々は都を去る決断をしたのです。危うく家が無くなりそうになったのは、貴族様方ですからや」

こうして紬たちは、貴族連中に卑怯者と呼ばれながら、都を去ったのである。

なんて奴らだ酷いものだ。


そして御話は、紬たちが都を去って六年後。


「皆、一所に集うことは無いと思っておりましたが、意外な所で再開を果たしましたや。不動の里でしょうや」

「ん。どうしてそうなった」

「黄応大和王様の王命でしょうや。新たに物の怪討伐の要職をおつくりなさった。我々が都を去ってすぐのことでしたや。不動の里は造り始められていたのです。初めから我々を、里に閉じ込めるつもりですや」

「閉じ込める? 穏やかでない」

「ええ。自惚れる訳ではありませんが、我々の力は、その気にさえなれば、都に脅威になりましょうや。ですから、管理しておきたいのが本音でしょうかや」

 成る程、一理ある。


「里の筆頭は、紹介しましたな。百地団破様ですや」

「あの爺様か。敵方なのか味方なのか」

「味方ですや。大恩あるおかた故」

紬は、「今の所は」、と補足した。

「紬殿は、今、里で何のお役目?」

「生徒に、物の怪を征服する術を指導していますや」

「生徒。ははぁ。不動の里は、育成機関の様なものなのだね。だから紬先生かー」

里に居るとき、紬が子供にそう呼ばれていたことを思い出す。

「ええ。不動の里は、成功の例が一つですや。情報網を各地に広げ、荒ぶる物の怪の鎮静に成功したのですや」

「物の怪には、恨まれてそうだ」

「正確には、物の怪に関わるもの全てに、恨まれていましょうや」

「星の数ほどいるな」

「先の刺客も、それらでしょうや。心当たりをあげればきりがありませんや。ただ――」

 紬は畳を見つめている。ひょっとしてら虚空を視ているのかもしれない。

 この頃の僕にさえ、これから起こる事件の裏に、九尾狐がいることを、感じさせざるをえなかった。




三月三日改稿

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