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物の怪之宴(もののけのうたげ)  作者: 柊喜一
第一章 邂逅編
7/38

三日目 一バン安心の宿 前編 (7)

 


 僕らは、故あって、大道屋敷の座敷に座す。

 しばらくすると、この屋敷の主がやってくる。

 ――ダンダンダン。

 床を叩く音が聞こえる。それは徐々に近づいてくる。

 すぐ眼の前で、音は止み、恰幅のよい肥えた体で、柔和な顔立ちの男が僕らを迎えた。

 中年をむかえるその顔には満面の笑み。次には、そいつ、偉い勢いで喋り出した。

「紬はーん! ご無事でっしゃろか。えらい、心配しましたでぇ。都に戻るっちゅうことで、此方に寄る連絡が来ましたやろ。まだか、まだかと気付いたら夕餉の刻やないですか。お食事すんでおりますのや? まだ、でっしゃろ。すぐ、支度させますさかい。ああ、とりあえず、寝る処に案内しますわ」

「すまないですな」

「かまいまへん。あ、今日はお二人一緒の部屋でも、よろしいか。ちゅうか、其処しかないですわ」

「構いませぬ」

「ほな、こちらへ。ああ、紹介がまだでしたな。わて、大道数清ダイドウカズキヨというものですわ」

「岩人と申します。お世話になります」

 僕は、そいつに頭を下げた。大道数清は、満面の笑みで歓迎の意を表した。

「ささ、こちらへ」

 大道数清は、再び床を叩く。我々は先導する彼の、すぐ後ろを忍ぶ。


「此処ですわ。今日つかえるのはこの部屋だけでおます」

 数清は、腕を命一杯つかい部屋を示す。

「ありがとうございましょうや」

「では、食事運ばせますわ。わてはこれで」

 お辞儀をして、再び床を叩き、来た路を戻っていく。


 案内された、その部屋は襖で仕切られる様になっていた。

 部屋はものすごく殺風景で何も無い。ただ、手入れはされており、埃一つない。

 僕が背中の荷を降ろして部屋の隅に放てば、紬も、荷を部屋の隅に置く。

 各々の、陣取りが完了したところで、僕は切り出した。

「襲ってきた連中は、一体何者なのですか?」

 ここにくる道中であった事を思う。

「恐らく、としか云えませんが。私の命が目的でしょうや」

「――穏やかでない。心当たりが?」

「ええ。少し、長い話になりますや。聞きますかや?」

 こくこくと頷く。身体も震える。

「――では」

「御食事お持ち致しました」

 老婆の声。

 振り向けば老婆と若い女中が三人。

 おもむろに戸を開けて部屋に入ってくる。

 磯の良い香りがした。

 ――ぐぅ

 僕の腹が鳴く。

「まず、食べましょうかや」

「うん。冷めるのも勿体無い」

 僕が、女中が手に持つ鍋やら飯櫃に眼を奪われている様をみて、紬はくすくすと笑う。釣られて、女中たちも笑う。


 老婆と女中は、未だ熱気漂う鍋・飯櫃・椀、そして御膳を部屋に持ち込んだ。

「宜しいか」

 僕が頷くと、部屋の中央に御膳を備える。

 膳には、食器と漬物、刺身が並ぶ大皿が載った。

 床には、鍋敷きと鍋が置かれる。

 一人は、茶碗に飯をよそう。一人は、大椀に汁物を盛る。

 それら一連の動作は全く無駄の無い動きで速やかに行われた。

「鯛の刺身。魚貝の汁物とお漬物でございます」

 魚貝の、汁物の中には、海老・貝・白身魚が浸っていおり、良い磯の香りがした。

 余りに香るもので、鼻をひくつかせた。

「忙しいでしょうや。後は、私らで済ませましょうや」

「然様でございますか。どうぞ、ごゆるりと。御食事が済んだらそれら隅みなんどへ」

「承知しましたや」

 老婆と女中は部屋を去っていった。


――戴きます

 僕は、汁物の前で香りを楽しむとそれを、ぐいと飲む。

 ――美味い。

 次に海老を手でつまみ、頭から殻ごと喰う。

 ――パリパリポリ。

 貝は歯が欠けそうであるから、中身だけを平らげ、残りは一気に口の中に放り込む。

「んー」

 満足な叫び声を上げる。

「御代わり、よそいましょうかや」

 紬は掌を差し出す。

「よろしく」

 紬の手をとり握手して、もう片方の手で皿を渡してお願いする。

 彼女は、鍋の残りを全て浚い椀に並々と盛ってくれた。

 良い奴だ。

 僕は、上機嫌になって、良く煮込まれた海老を口に放る。

 一匹、二匹と次々と口中におさまってゆく。

 ――美味い。すごく美味い。

 旨みが口中に広がって、お腹もかなり満たされた。口中の味に余韻がのこる内に、ご飯をかきこむ。非常に満足であった。自然、身体が温まってくるというものだ。


 ――半刻後。

 僕はと云えば、膳を部屋の隅に、いそいそと片していた。

 鍋・櫃の中は全て、我々に喰らい尽くされていた。

 八割は僕だが。

 紬は、窓際に足を伸ばして座り、外を眺めている。

 膳やらを隅に避け終え、正座なんどして茶をすする。

「ご苦労様でしょうや」

 気が付けば、紬は僕のすぐ傍らまで来ていた。

「少し。昔話をしましょうや」

 僕は居住まいを正して、聞く姿勢――。

 それは、紬が暮らしていた「檻」と呼ばれる、あの不動の里ができる以前の御話

 でありました。

 夜が更けても話は続くが、途中、幾度と眠気に襲われた。

 踏ん張った。踏ん張ったが、気がついたら眠りに落ちていた。

 彼女が、全て話終えた後であったとは思う。









三月三日改稿

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