三日目 気がつけば旅の同行者 前編 (5)
――三日目。
僕は案の定二日酔いで眼を覚ます。気が付けば、寝台。
「起きましたでしょうかや」
相変もわらず先手は紬。
「今日は、都に向かうのでしょうかや。それとも手形を探しに?」
「話しましたか……覚えていない」
「ええ。手形を落として、山神様に会ったのでしょうや」
「山神? あ……」
「ええ。御山二つ向こうに山神様がおりましょうや。恐ろしい物の怪で、知る者は近づきさえ致しません。岩人殿も命拾いしたでしょうや」
「今日からは、都に向かいましょうかや。案内致します故」
「あ……しかし、手形が無いと意味が……」
紬は、視線を僕の背後に送る。
「あれ……」
そこには、黄泉の手形がある。
「山の方から、物の怪様がこの里の近くを横切りなさった。気になったので、向かい退治しましたでしょうや。そうしたら、ほら、其れが」
「なんと! 本物?」
手形を撫で回し、または念入りに探り確認した。胸から伸びる白糸は、まぎれもなく、手形に繋がっている。
「ほ、本物だ! 名前もある」
紬はにこりと微笑む。
「支度が出来たらお声をかけてくださいでしょうや」
紬は、扉を閉めて向こう側へ行ってしまった。
「はい……どう……も」
呆気にとられ、誰も居なくなった部屋でそう呟いた。
「紬殿。支度整いました。あれ……」
部屋は、伽藍としており人の気配すらない。
僕は、戸の隙間から外を覗き込んだ。
荷を背負い、支度を整え終えた狩衣姿の紬が、表に居た。
隣の方にはもう一方、どこかで視た覚えのある顔。
――そうそう、昨日の立会人だな。
紬、すぐに此方に気付いて手をふる。
「岩人殿。紹介しましょうか。此方は、里長の百地団破様でしょうや」
老人は、歯をみせるように微笑む。
「昨日は、気持ちの良いやられ様でしたな。気に病むことはない、相手が悪うでしたわい。私も、紬殿には、敵いませんのでな」
「何をおっしゃいますやら」
「ははははは」
百地団破は、愉快そうに笑う。
「おっと。長居しすぎたわ。ではな紬殿。お役目お任せましたぞ」
「はいな。任されました」
百地団破は、雑踏の中へ姿を眩ます。
「さて、身体は如何でしょうかや?」
「問題ありません。駆けることも、出来ますよ?」
「では少し走りましょうかや」
――我々は山の中を、駆けていた。
無造作に立ち並ぶ、樹々の合間を避ける様に縫う。
全力で駆けている筈だが、紬は更に上をいった。
寧ろ僕が後続として必死に駆けて居る訳で、紬に合わせてもらってる。
そんな感じすら覚えるのである。
昨日、立会い解るのは、彼女がかなりの手練だということだ。
僕の常識の中では、間違いなく強い部類にわけられる。
黄泉では下の方ではあるものの戦士として認められている。
紬の強さ次元が違う様な気がした。
――おそらく、宮殿の近衛兵士並か。または壬母?
壬母の顔が頭を過ぎる。
「故郷を考えているでしょうかや」
「ん」
紬は、いちいち此方の心を見透かすのだ。
僕が顔に出易い性分であったろうか。
一刻(二時間)程走り続けた頃だ。
「付けられていましょうや」
「え! 何時から」
「半刻(一時間)程前から、馬でしょうや」
気がつかなかった。
耳は効く方なのだけれど油断した。
「身を潜めましょうかや」
紬は、駆けながらそう云うと、あっという間に樹々の中に行方を眩ます。
紬に続いて、樹々の上に跳んだ。
息を殺して気配を探る。
なるほど、確かに馬の蹄の音らしいものが三頭であろう。
連中はすぐ足元まで来て、馬から降りた。
小太りの男と、痩せた男が下に陣取る。
小太りの男は周囲を見渡しながら、云った。
「兄者。気配が消えたな」
「おう! 陣兵衛。気付かれたか」
兄者と呼ばれた痩せた男が返答する。
「この辺りに潜んでるかもしれねぇ。警戒しろ陣!」
兄者、こんどは呼びすてる。
「承知だよ!」
「あんたもだ。きっちり仕事しておくれよ」
兄者、別な方向に向かって云う。もう一人居る様だ。
視線を移すと白髪の男。
「ああ……」
その白髪の男を視るなり、寒気がした。
三人の中で、誰よりも凶悪な念を放っていたからだ。
正確に言うのならば、危険な念は彼の腰に差してる剣から発されたものである。それに気付がいたのは、この後であった。白髪の男に注意を払いながら様子を伺う。
辺りは静まり、時折聞こえるものは馬のいななき位である。
「聞こえるな」
白髪の男は言った。
「ああん? 何だって?」
腹を揺すって陣兵衛が聞く。
「樹の上だっつてんだよ」
皆揃って、樹上を視る。
咄嗟に木陰に身を潜め、やり過ごそうとするのだが、足元が揺いだ。
樹が斬られたのだ。何時と思う間もなくて、気付けば白髪の男は抜剣をしていた。
地に着地。一先ず、連中と距離を置く。
「てめぇ!」
痩せた男、兄者が叫んだ。
三月三日改稿